2-4 助けたい理由、助けない理由
王家の末裔、あるいは落胤にしても、そして転生者にしても、たしかに使える駒はひとつふえる。
「ぶんどるのも悪くはないが……」
人垣の中には、少女が、外套のなか膝を窮屈そうに合わせ、頑丈そうな四脚椅子に腰かけているのが見える。
だが、相応の手間は割くことになるだろう。
イリアは、感情を抑えるように、目を閉じた。
「──でも時間がない」
閉じた視線の先を、大玉に乗って
「──サァ小さなお子さまには幼き頃の想い出に。大人の方には、お茶会やお仕事場での話題に、この
彼は観衆の輪へと、豊かな表情と白塗りしたシワを寄せながら、ショーへの参加を募り、高らかに口上を述べあげる。
「寝物語に聞かされて、知らぬ者はおるまいが、
わすれた者にはお聞かせしよう。
三千周期のその昔
中有の地たるバルディアの
南の都へ堕天せし
転生魔王がクロウホーガン
その
使役魔獣の軍勢に
もたらされたる暗黒時代。
うちてしやまんバルディアの
民草どもに天下る
転生四勇者たてまつれ
北バルディアの冬の民
重力魔法のともがらよ」
その口上にタケシの耳が、反応した。
「おい…… 聞いたかイリア、今あの
背中にブーツ食い込ませ、首をねじって彼女を見上げながら、聞くが、その横顔へイリアは、
「確かにな。でもよくあるんだ。重力魔法を騙った見せ物は」
タケシは、倍以上に増した頭の重さに、うなだれていく。
「──ぐぎぎ、だから、ぱんつ見てるわけじゃないって言ってんだよ……」
イリアは人差し指の先の青い発光を弱め、タケシは、
「じゃあ……、こういうのはどうだ……、キミが彼女に挑戦して、こうやって、ホンモノの重力魔法を見せつける」
黒い髪をつたう汗を石畳に落としながら、言った。
だがイリアは、彼の背中に乗ったまま、
しかしタケシは、彼女を諦めきれない様子だった。
「そうしたら彼女はもう、お役御免だろ。少なくともこのミハラではさ……」
だが、イリアは遠い目のまま、瞳のなかに雪をちらつかせて、その
「……かれらは破魔の如意を手に、使役魔獣をうちやぶり、
タケシは、つぶやくように暗唱する彼女を、額に汗しながら見上げた。
「──なにそれ…… 有名なフレーズなの?」
「ん……? ああ。御伽話の一節だ」
そう言いながらイリアは、タケシの背中で腰を落とし、両足で、躊躇なく踏み切って、
「──いぎゃっ!!」
タケシの悲鳴には構わず跳び降り、石畳で前髪の乱れを整えた。
「バルディア人なら誰でも知っている、まぁ子守り歌みたいなものだ」
そして、タケシと人垣に背中を向けて、再び目的地に向けて歩みはじめる。
「いくぞ。時間を無駄にした」
タケシは、痛む背中を如意でさすりながら、座ったままイリアに声をかけた。
「じゃあ…… あの子は、もういいのかよ。見捨てるって事か」
イリアは元通り、何処に向かうのか、市場の路地に身を向ける。
「好きにしたらいい。時間がないんだ。わたしは行く」
タケシは、人垣に後ろ髪をひかれながら、立ちあがってイリアを追いかけた。
「イリア、ていうかさ、その時間がないってのは何なのよ?」気になる後ろの人垣と歓声を振り返りながら言った。
「だってきみ、春の国までながい旅の途中だって言ってたじゃないのさ」
しかしイリアは、振り返りもせず、わずかに冷たい目を向けるだけで、
「予定が変わったんだ。わたしはここ、ミハラで旅を終わらせる」
前を向き、歩みを止めない。
タケシはその背中に、悲しいこと言うなぁ、と口もとを歪めた。
「──終わらせるって。どう言うことさ」
イリアの目は人混みの路地にまだ見えていない先を見ている。
「春の国から臆病なウサギが跳びだして来た。これを討たない手はない」
タケシは、はじめて耳にしたその言葉に、
「──うさぎ……!?」
目を白黒させるが、
「でも、それが、イリアの旅の目的なのか」
足は止めず、その背中に着いて行きながら、
「じゃあ……、春の国の王都をめざしていたのは、そのウサギが目当てだったってことかい?」
「──そんなところだ。
「そっか。じゃあ目的のほうが動いて来たってコトか」
気がついた事実に頭をバリバリと掻いた。
「──じゃあなんだい? オレたちの戦いは此処までだ、ってコトか!?」
認めたくない事実に、その場で天を仰いで地団駄を踏んだ。
「そんなの、打ち切りみたいじゃん、やだあああああーーーーー!!」
イリアは、長いため息をつきながら、
「あとな。ユー、質問が多い。するなとは言わないが、一個に絞れ。仕事の前にわたしを疲れさせるな」
歩きながら、露店の天幕がつくる路地の隙間の空に見え隠れしはじめた、砂色の塔へと視線を投げる。
タケシは、
「じゃあ、一個にする」
逆行する人の流れを掻き分けて、彼女を追い越し、
「何で
イリアは、市場の路地をぬける道を探しながら、
い
「ユーたち転生者には同情する。しかしな、」
ミハラの中心にある広場で、天に向けてと伸びている土色の塔に彼女は足を向け、
「あれを見ろ」
タケシも並んで、その塔を見る。
「でかいな……」
砂色の巨大な円柱の先が、小さな森を乗せたまま、空と雲に向かっている。
「あれがミハラの街の名前の由来になった、みはらしの塔だ」
いまは
「石を積み上げた塔でな。塔の外壁を千三百六十八段の階段が取り囲んでいる。バルディアに人が住む以前からあったらしいぞ」
圧倒されているタケシの横顔を見たイリアは満足そうに、
「あのふもとに、広場がある。まずはそこまで行く」
イリアは肩のカバン紐を正して、塔に向けて歩き出すが、
「え。じゃあ時間がないとか言いながら予定はないのかよ」
「あるぞ。夜までに宿を見つける」
「そんなの大事な用事でもないだろ、こんだけの大きな街なんだ、いくらでも宿なんか……」
まだサーカスの人垣の未練があるようなタケシは、足を止めたまま声をかけた。
「だからユーはバカなんだ。──明日、春の国の王子があの塔の根元で終わりの巡礼をする」
イワエドですらああだったんだ。宿は埋まっていると考えたほうがいい。イリアはそう言いながら市場の客や通行人の間をネコのようにすり抜け、進んで行く。
タケシはすれ違う彼らに如意をぶつけないように抱きながら、先行く彼女に声をかける。
「──そういや、転生者には同情するって、イリアさっき言ってたよな」
だがイリアは振りかえりもせず、また足も止めず、
「だいだいからして、ユー、あの女クロカミの顔色と毛艶の良さは、ちゃんと見たのか」
口を動かしてないで、早く来いと怒鳴る。
タケシは路地に増えてきた巡礼者のような人々の中を謝りながら駆けてイリアに追いつき、
「──は? そりゃ、モチロン見たよ。」
横に並んで歩いた。
イリアは、先を行く巡礼者に着いて歩くミハラ
「どう思った」
ど、っと吃って、タケシは、腕を組み、歩きながら首をひねり、髪を指で捻りながら、
「どうって……。なんだろう…… 気の毒だなっておもった。かな……」
尻すぼみに語尾を濁らせた。
イリアは、これだからと言いながら呆れ顔を横に振り、うつむき。
そして、おもむろに顔を上げて、手を拳にし、タケシの声真似で、
「〝助けよう!〟」
……なんてまあ。よくも言えたもんだなと、三白眼で彼を横から睨みつけ、
「わたしに言わせればな。あれはちゃんと飯を食わせてもらっている顔だ」
そう言い、イリアは、もっとひどいものを見てきたような目で首をすくめ、歩いた。
「彼女は、あそこにいた方が幸せだと思うぞ」
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