2-3 やきもちじゃないぞ

「──サァサご当所初の大公開、これがコン・ゴルドー一座の花形、見目麗しきクロカミの美少女にして、正真正銘、ホンモノの魔道士、珉珉ミンミンちゃんだヨォ」


 白髪混じりの道化クラウンが、大玉の上、高らかに口上を述べながら、青空いっぱいに両腕をひろげる。







 タケシはもう一度、ふかく腰を落とす。


 二つ団子にした東洋系の、艶やかな黒い髪と、端正な横顔が、無性に懐かしく、またそれ以上に故郷が囚われているようで、堪らなく切ない。


 そうしていじらしいほど、何度もジャンプを繰り返し、人垣の中を覗き込んでいるが、


「やめろタケシ。みっともない」


 嫌そうな目でイリアは言う。しかし無理もない。タケシにすれば、バルディアに転生してから初めて目にする同胞だ。



「だってあの子、おれと同じクロカミなんだよ!」


 タケシは、そのどうしようもない里心のような衝動に、もっと彼女を拝もうと何度もジャンプを重ねる。しかも、同じ日本人かも知れない。その上、年も近そうだとくれば、


「これがッ、看過っ、できようか!」


 ジャンプを繰り返すうちに、少女のほうも彼に気が付いたのか、驚いた顔で椅子から腰を上げかけた。


 その反応に手応えを感じ、タケシは、


「やっぱりだイリア、あの子も転生者にっ、ちがいないぜッ」


 また大きくジャンプをし、人垣を覗く。


 だがイリアは腕組みをしたまま、難しい顔をして言う。


「いや、そうでもないぞ。このバルディアにも、春の国にクロカミの一族がいる」


 しかしそれは貴族階級、しかも、初代王に近い血統を彼女が持っていることを意味する。


「──あるいは没落し、旅芸人に身をやつしているのかもしれないが……」


 しかし、彼女自身、そんな話を聞いたことがない。


「毛を染めているっ、可能性はっ?!」


 タケシはジャンプを続け、その珉珉ミンミンに向け、手を振るが、目を逸らし、彼女が唇を噛んだ。








「──よし!」


 イリアは、タケシの鼻先に突きつけた指を、地面へと向け、


「ユー、今すぐここにしゃがめ!」命じるが、


 緋色の武術着のタケシは、「──え、まさか!」絶句したように、



「──おんぶ、いや、肩車、か……」彼女の胸や、お尻まわりに関する豊かな妄想をし、鼻血を噴射した。



 慌てて懐に紙を探すが、


「──バカか! ユーはウマになるんだ、わたしが踏み台にする!」


 組体操の最下段のように、タケシは如意にょいごと、しぶしぶ四つん這いなり、白いスカートのスソを持ち上げたイリアが、その背中へと、遠慮ない頑丈な山行きブーツで足をかけ、よじ登る。


「ぐえっ」


「──オーバーだな! そんなに重くない!」


「グギギ……」歯を食いしばるタケシは、「普通、靴くらい脱ぐだろぉ、このバルディアの魔女っ子め……!」呻くが、


 イリアはバランスを取りながら、彼に構わず、百名はいるだろう観客たちの頭上から、人垣の中を覗き込んだ。


 確かに中央で、ぽつんと椅子に腰かける小柄な少女の灰色マントがある。


 その髪は黒く、艶やかで、二つ団子に纏めている。


 

 タケシは、額に汗を浮かべ、顔をよじる。


「──どうだ、見えたか、もういいか、イリア……」


「だめだ。お団子に浮かれた罰だ」


「ちょ、罰って、は?! 一体なんのだよ!」


「──しかし、あのマント……、あ、こら揺らすな、お、って顔あげんなバカ、すけべか!」


「違ぇよ! おれはミンミンちゃんを見たいの! ああもう、ミンミンちゃああああん!」








 だが、人垣の中、注目を集める珉珉ミンミンのその外套マント姿は、ここ南バルディアの人間にはどうだかしれないが、青いイリアの目には、どうしても不釣り合いに見える。


 あの外套は故郷、北バルディアの冬の民の装束。貴族階級のクロカミに似合うような、ふわふわと華やいだドレスではない。


 だがここは市城都市ミハラ。バルディアにあるものなら何でも揃う。旅芸人が小道具に用立てたとしても不思議はない。イリアは、タケシの上で腕を組み、考えを巡らせていたが、


「──しかし、演出にしたって、最もありえない組み合わせだ。よりによってクロカミの女に冬の民を配役するとは、あの座長。よっぽどの鬼才か、人手不足だぞ」


 足下のタケシに、そう微笑んでから、


「行くか。時間の無駄だった」


 口をへの字にし、背中から降りようとした。






 だがタケシは、イリアの目で確かめてもらいたいかのように、彼女の踏み台のまま言った。


「なあ…… イリア、珉珉ミンミンちゃんだけど、きみにはどう見える?」


 ジャンプして先ほど何度も垣間見た限り、タケシの目には、そう見えた。


「日本人、いや、台湾、いやどこの国でも良いけど、転生者だと思うかい?」




 

 しかしイリアは、彼の背中の上で、人垣を振り返り、


「どうだろうな。わたしには、春の国のクロカミと区別がつかない」


 タケシは、「そうか」と唇をかみしめる。


 サーカスの少女が捕えらの転生者だとしても、使役魔獣のコアにされていないだけ、あの青山亮二よりマシな現状だと言える。だがそれでもこの先、あの道化師が少女を誰かに売らないとも限らない。


 タケシの胸の痛みを感じているように、足で敷きながらイリアは言った。


「せめて言葉を聞ければ、わかるかもしれないが」


 人語を解する転生者にも、異世界の訛りがある。


「わかったところで、わたしたちとは……」


 遮るようにタケシは、四つん這いのまま、イリアに言っていた。


「──助けないか。あの子を」


 タケシは、胸の奥が重くなるのを感じた。頼んだとことで無理な相談だと、薄々わかっている。分かってはいるが、彼はイリアの言葉を待った。


 すると、背中の上でイリアが、泰然としたまま腕を組み、輪の方へ向きを変え、


「──そうだな」


 思案するような顔つきで、彼女の姿を眺めていた。









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