1-50 わかれの結び目

 ディンゴは短弓を指でなぞり、弦をはじいて弾性を確かめる。



 その評価が気になるのかトズランは、チラチラとディンゴに横目をやっているが、アルセンは、ふたりの肩にぶら下がったまま、


「こいつは秋の国の遊牧民が使うもんでな、合成弓コンポジットボウってんだ」


 馬上での取り回しを良くするために小型化を。そして小型化に伴う威力低下を防ぐため素材は単一木からの削り出しではなく、複数の素材を貼り合わせた複合材を用いている。


「製法は職人の秘伝でな、詳しくはわからねぇが、軸にする木弓に、ほぐした魔獣の腱と削った角の板を重ねて貼り付けてにかわで固め、一丁仕上げるのには一節(一年)かかるってシロモノだ」


 しかも弦を外した状態では、引く方向とは逆の前方に向けて大きく反った形状をしている。



「だからこんな小せえのに、肘まで引けば、丸木の長弓ロングボウを胸まで引いたと同等の威力が出る。──どうだい、引いてみるかい?」


 ──複合材よせあつめには、そんな経験と知恵と、時間がかかっているのか。



 ディンゴは、短弓の由来を知り、改めて真摯に首を振り、


「いや。やめておこう」


 丁重な作法で、短弓をトズランに差し出した。


「貴公はたしか、これを耳まで引いていた。──こんな精兵が野にあるとは思ってもいなかった」


 しみじみと穏やかな目をして、彼の横目に言った。

 




 そして肩にのしかかっているアルセンに向け、


「考え方も出自も装備も、何もかもが均一な憲兵隊では、きっとまたケルピーを仕留め損ねていた」


 今までの考えを改めたかのように、言う。


「たしかに…… 良い仲間パーティでした」



 アルセンは目を短弓に落とし、うなずく。


「……そうだな。いいもんだろ。たまには寄せ集めってのも」


 そしてトズランの首を引き寄せ、


「な! 実はオメエもいい編成パーティだったと思ってんだろ? 正直に言いやがれこのツンデレ野郎め」



 トズランは、アルセンの再々の促しに舌打ちをし、天をあおぎ、めんどくさそうに、ふんだくって受け取ると、


「──ったく、あーもう! 確かにね、いい宴会パーティでしたとも!」


 そう青い空に叫んだことで、晴れ晴れしたように、微笑んだ。




 二人をまた抱え込んでアルセンは、ディンゴと髪を擦り付けあい、大笑いし、


「よっしゃ、さァとっとと行きな。頭の固い連中が報告を待ってるぜ」


 そう、ディンゴの甲冑の背中を突き放すように片手で押し出し、トズランに寄りかかったまま、イリアとタケシには、黒馬のあぶみにくくりつけてあるふたつの中樽を、「のぞいてみな」と言いたげにアゴで示した。









 イリアとタケシが樽の中をのぞき込むと、新鮮な水の底でケルピーの幼生が浸かっている。


「ウソでしょ?!」


 目を丸くしたイリアに、ディンゴは微笑んで、馬のあぶみを下ろし、手綱を手に、


「実はあの時、酒場の裏手に井戸があることを思い出してね」


 黒馬に跨り、手綱を左右の手に取り分けながら、その首を撫で、言った。


「──先のことまで考えていた訳ではないが、中身だけ放り込んでおいたんだ」



 タケシは、崖の上でディンゴが投げた、あの透明な卵を目に思い浮かべた。


「じゃあ、サーベルで切ったのは……」


 ディンゴは優しい目をし、


「卵膜だよ。ブヨブヨのゼラチン部分だけだった、というわけだ」


 イリアが口に手を当てて、目を輝かせた。


「……やさしー」




 だがタケシは、深刻な顔で、強い視線を樽から上げた。


「でも── ディンゴさん、まさかこいつ、使役魔獣にするんじゃないでしょうね」


 ディンゴは、その目に、馬上からうなずき、


「──確かに、隊長はその気でいた。だが……」


 かぶりをふって、


「とりあえずは屋敷の池にでも放してみるよ。私に育てられるかは分からんがな」


 だが憲兵隊本部に報告すれば、この幼いケルピーも、いずれそうならないとも限らない。だから内緒にしておいてくれよとでも言うのか、ディンゴは手綱を捌きながら、二人にウインクを残した。





「よかった!」イリアとタケシは見合って目を細めるが、タケシはふと気がついたように、


「──いやでも、庭の池じゃ狭くないですか。いつかあんなにおっきくなったら……」


 すると、トズランが横で噴き出し、アルセンも笑いを堪え肩を震わせた。


「え!? 俺、なんか変なこと言いました……?」




 無理もない。タケシにも、旅人のイリアにも、ここを治める領主、エルンスト家を知る由はない。


「つまるところ……」ニアの港も、ユラの川も大橋も、あのエドの山脈も、そしてこのイワエドの村もミハラへの街道も、「ディンゴん家の庭といえば、庭だかんな」


 その可笑しそうなアルセンの言葉に、


「うそお、しらなかったよ!」タケシは腕を首に回して驚き、


「リアル白馬の王子様じゃん!」イリアは目の中に$の字を輝かせ、


 馬上でディンゴは、困ったように頬を手甲で掻き、


「──勘弁してくれ。今はただの憲兵、ディンゴだよ」甲冑の肩をすくめる。


 しかし、尻を見せる馬の上で振り向き、タケシへと、


「シカルダどのに感謝を致せ。その道着では、この憲兵も君を捕まえようがない。──しかしだ」


 ミハラの街は、世知辛い。民も憲兵も狡猾だ。


「この先はくれぐれも、用心されよ」


 そう甲冑の手を振り、夏の国の王都へと馬を向けた。





 






 


 ディンゴが去っていく馬影に、アルセンは腰を伸ばし、


「さあて、帰ってもう一戦といくか。なぁトズラン」と、大きく手を伸ばし、



 タケシは、「帰るって、どこへ??」と思わず尋ねたが、


 アルセンは、それが当たり前なように、


「そりゃ女どものところにきまってんだろ」と禿頭に残る髪を撫で付けた。


「オレたちゃ村と旅人を救った英雄だぜ、半節はモテモテだぜ。女も商売度外視で離さねぇってモンよ」



 どうせボヤンスキーも坊さんところで療養だ。しばらくは娼館でしっぽりさせてもらうさ、と言いながら、ふと思い出したようにアルセンは、


「──そうだタケシ、おめえもどうだ?」


 彼を娼館に誘う。


「どうせ、まだなんだろ?」





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