1-51 冒険のはじまり
「ま、まだって……」
顔を赤らめ、思わずイリアの方を見るが、そのタケシの顔の前に、ロバが鼻先を近づけた。
「──ロバ?!」
ミハラの市まで、ふたりを乗せていく約束をした農夫の荷車を曳く、
タケシの目に、イリアは、なぜか三白眼で、
「──行きたきゃいけば。」そう言いながら荷馬車の荷台の後部にとびのると腰をかけ、「出して、おじさん」と荷台の麻袋に背もたれをする。
ロバの尻に鞭が入り、荷馬車が出る。
「ちょ、待って! おれも乗るしーー!」
アルセンとトズランの笑いに送られて、タケシは荷馬車を追いかけた。
「なんでだよイリア、俺を売り飛ばすんだろ、連れてけよ、ミハラの市場まで」
追いかけながらタケシは言うが、イリアは積み荷の麻袋の中身が硬いと見えて、
「なんだ気づいていたのか」背もたれの形に整えながらつぶやく。
「でも予定が変わったんだ」
「──じゃあ、」タケシはジャンプする。「キミは俺と旅をするってこと? やった!」
が、干し豆は荷にしては軽く、ロバの脚は思ったよりも速い。
タケシはなかなか追いつけない。その彼の顔が面白いのか、
「──それはないかな。」イリアは腕を組んで微笑む。「奴隷と旅なんてありえない」
「またそれかよ! なんでだよー!」
「──だってもう、金はいらないしな」
つぶやいた。青い空と雲を映す目が、どこか寂しげで、
「……え?、どういうこと?」
意外な言葉に、タケシの歩みが一瞬、滞り、その背中の彼方から村の子供たちの声がした。
「冒険者さまーーー!」
イリアは荷台で身を起こした。
街道の彼方から、声をあげながら子供たちが駆けてくる。
イリアは、運転台の老農夫に振り向き、
「おじさん、停めて!」
停車する荷台から降りると、しゃがみ込んだイリアの前に、息を切らして少女が立ち、その胸に、ネックレスに仕立てたタリア川の石が光っているのを見つけた。
「──きのうの花火の子ね。そうか。石、ネックレスにしてくれたんだ」
そう目を細めるイリアに、少女はうなずいて、シロツメグサの花束を差し出した。
それは、四勇者の像に、パン粥とともに供えられていたものと同じ、小さな花束だった。
イリアは目を細め、顔をほころばせた。
「お礼なんていいのに……」
それでも「ありがとう。大切にするわ」小さな花束を、美しい両手の指で受け取った。
そして少女は、タケシにも向き直って、反対の手に握っていろ同じ花束を、差し出した。
「え? おれにも…… かい?」
少女は歯を見せ、うなずいた。
そして背中を向けて走りだし、子供たちの横隊の最後尾に行き、踵を合わせて胸を張った。
すると最も年長と見える少年が、空にむけて胸を張り、大きく息を吸い込み、
「勇敢なる、冒険者さまたちに、
高らかに号令をかけた。
子供たちは一斉に、片脚を引いて右膝をつき、左手を胸下で水平に当てて、こうべを垂れた。
イリアも、花束を胸に当て、恭しく片膝をついてこうべを垂れる。
タケシも、あわてて彼らの仕草をまねた。
そして胸に込み上げてくる、晴れ晴れとした気持ちを味わった。
晴れ渡った空の下を、荷車が進む。
干し豆を詰めた麻袋と、冬の国の魔道士の少女と、異世界から来た少年を乗せて。
少年は如意と呼ばれる古代の魔道具を見つめている。
少女は横で揺れながら、
「シカルダさまから頂いたのか」
声をかけるが、少年は、
「うん。これでロボットを作れないかと思ってね」
建設重機の油圧シリンダーのようなそれを剣のように立ててかざした。
少女は、耳に馴染みのない言葉を口の中で復唱した。
「──ろ? …… ロボット? なんだそれは」
少年は微笑んで、
「おれがもといた世界の使役魔獣みたいなものさ。もっとも……」
アニメっていうお伽話の中だけにいる存在だけどね、と、彼は、背中の麻袋にもたれかかりながら、金属棒を肩に託し、
「──ふふ。しかし、冒険者さまだって。わるくないな」
面はゆいような、それでいてたまらなく嬉しいような優しい目つきで、シロツメグサの小さな花束を青空にかざした。
髪に、同じ花束を飾っている少女は、横で、
「このシロツメグサには、伝説があってな」
目を閉じ、腕を組み、積荷に背をもたせかける。
草原を揺らして風が渡っていく。
「三千周期の昔、このクローバーという植物は、北部バルディアの山岳地帯のみに自生する固有種だったそうだ」
それが、転生四勇者と重力魔法使いの一族、そして彼らに付き従った北バルディア軍の南進で、武器や弾薬を運搬する木箱の隙間をうめる詰め物として使われた事により、魔王クロウホーガンを討ち果たした現在の春の国の王都、ウインディアでまで広がった。
「だから四勇者の足跡には、シロツメグサの種が落ち、暗黒時代の終焉と共に、この小さく、たくましく、慎ましい花は、バルディア全土に白い花を咲かせたという」
言いながら、イリアは小さなあくびをし、
「──だから子どもたちはシロツメグサ…… 別名、民草を摘み、今も四勇者の像に供える……」
目を閉じ、
「……眠い。タケシ…… ちょっと借せ」
彼の肩に、横顔を乗せ、
「──ちょ、おい」
寝息を立てた。
身動きをすれば、起こしてしまうかもしれないその花束に、タケシは微笑み、如意をしっかと抱いて揺れながら、遠くなっていくエドの蒼い山なみに目をやった。
刻は、
処は、中有の地 バルディア。夏の国。
ユラの草原を、市城都市ミハラへと向かう馬車の上でのことだった。
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