1-49 よみがえる村

 イワエドの入り口で、男たちが木戸を新しく組み上げている。


 青空へ木槌の音が響き、初夏を思わせる風が新しい木材の香りを乗せて鼻をくすぐる。


 この縁もゆかりも無かった村が蘇っていく様子を眺めてアルセンは、満足げに、煙り草のパイプを燻らせている。





 ユラの大橋も開通し、街道には荷車や旅人の往来が戻っている。


 すれ違いに彼らが交わす会話の声や、蹄鉄の音、荷車の騒音の中、ディンゴは凹みと擦り傷だらけの全金甲冑フルプレートアーマーで、血汚れ染みが取りきれていない青いローブをまとい、元通り憲兵隊然としたりりしい金髪を風になびかせて、黒馬のあぶみに二個の中樽を結えたロープを渡して背負わせている。






 トズランは、ポケットに手を差したまま居心地の悪そうな猫背で、ディンゴに背を向け、街道の往来を眺めていたが、そのまた向こ側の参道を駆けおりてくるイリアとタケシの姿を見つけると、ホッとしたように口角を上げ、


「馬鹿だな。タケシの奴……」


 ぼそりと呟いた。


 アルセンが振り向くと、その彼にトズランは、


「あいつ、やっぱりお嬢と行くようですぜ」


「は! 売られると知っての上でか?」


 呆れたような顔を見合わせて、ふたりで苦笑した。






 アルセンは、短剣を腰にしたのみの平服で、それでもさすがみ湯浴みは娼館で済ませたのか、洗いざらしの髪を束ねている。


 トズランも同じく平服だが、背中にはあの短弓と矢筒を背負っている。


 タケシの上げた声に、ディンゴも振り向いて、手甲ガントレットの手を上げる。










 駆けつけたタケシが、息をはずませ、


「あれ? いつのまにディンゴさんと仲直りしたんですか」


 トズランをからかうと、


「──俺は女と寝てたんですぜ。それをオヤカタがムリヤリに……」


 トズランは不服そうにディンゴを横目で睨む。だがアルセンは、


「まあそう言うな。結果的に良い編成パーティだったろうが。──俺ァたのしかったぜぇ」


 そう破顔したヒゲの無い顎でパイプを咥えたまま、ディンゴとトズランのあいだで二人の肩を引き寄せ、両脇へと抱えた。


 トズランは、迷惑そうに鼻を鳴らしそっぽを向くが、ディンゴは、


「──そうだ」と思い出したように、トズランへと顔を向け、


「トズランどの。よかったら貴公の弓をみせてもらえないか」


 育ちの良い笑顔のまま、彼の返事を待った。



 そのトズランは、眉間にシワを寄せ、いかにも面倒くさそうに腕組みをしているが、皆の視線が集まっていることに、上目遣いをし、仕方なさそうに背負い紐を解きはじめた。


 複合材の短弓には、こうして陽の下で見れば複雑な装飾が施されており、トズランは、それを、ディンゴへと、そっぽを向いたまま片手で突きつけて、



「──そんなに見たきゃ、見ろ。減るもんじゃなし……!」





 ディンゴはそれを、両手で頂くと、手元で縦にし、横にし、まじまじと見入りながら、


「──いや。小樽とは言え、あの時これがオーク材を本当に撃ち抜くとは、思えなかったものでな……」


 心底そう思っていたような様子で、弓を空に掲げ、裏返し、改めてその軽さに驚嘆の表情を浮かべている。









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