1-37 青く光る
その時、小柄な何者かの影が口に金属の棒を噛んだまま、逆手のナイフを、ケルピーの胴体へと、交互に突き立て、また傷口を足場に、荒い鼻息を漏らしながら、血まみれの顔で、腹の上へとよじ登っていく。
「タケシ……」見上げてディンゴは、つぶやいた。慌ててマッチの火を振り消し、
タケシのその血まみれの影は、頂上でナイフを捨て、暴れるケルピーの胸に金属棒を突き立て、振り返って酒場に叫ぶ
「──イリア! 如意は見つけたぞ!」
雨が彼の顔を打つ。
「グラッボの準備を!」
雨が打ちつける中、背中をまるめ、彼はケルピーの沈み込む腹の中に、必死にバランスを取りながら
「いいわ! いつでも合図して!──」
背後で彼女の声が、雨に掻き消されながらも届き、
「見つかったのか、古代武器が……!」
回り込んだ胴体の下でディンゴも顔を明るくするが、タケシの傷だらけの手に気づき、
「その手は……」
暗闇と、大量の瓦礫の中を、彼が手探りするしか無かったのだと察した。
「ええ! でも大丈夫! こいつはイリアの魔法に反応して長さが変わるようです! 爆発的にね!」
タケシは、如意を、雨の中に翳した。先の戦争で勇敢な先人が肉弾ひとつで敵戦車に突き立てた、あの刺突地雷のように。
ディンゴは、目に入る雨を手甲で拭い、
「その先で、
つぶやいたが、思い出し、「そうだ! こっちだ!」ディンゴは、ケルピーの欠損した
「しかし…… すべるなあ!」
ケルピーの腹の上は、ウオーターベッドのように沈み込んで、ひどく滑る。
「ここだ! 這って来れるか!」
雨も強くなり、膝を着いてこのもがく腹の上をタケシは、座りながら尻と手を使って体をずらし、ケルピーの上肢の間で、裂けた皮膚の下の傷の中、トリミングを忘れ毛がぼさぼさに伸びた血みどろの犬のような、塊りが、埋もれていることに気がついた。
「見えるか! それが
だが、傷の付近は、滲出液と肉が泥濘池のように沈み込んだ足を離さない。四つん這いになってタケシは、その毛玉へと手を伸ばし、
「これが、コアか……!」
片手に掴んだものの、ケルピーは身をよじって彼を振り落とそうとする。
皮膚の上を滑り、アゴか、あるいはその下にでも落ちれば、魔獣が飲み込んで、それで自分は終わり。タケシは、歯を喰いしばり振り回しに耐える。
「おわああっ!」
タケシは腹を滑らせ、その髪に掴まったまま片手で、ケルピーの口元にぶら下がった。
思い返せば、
その男性の落ち窪んだ目は、ケルピーの眼球とリンクしているのか、視線の先をあられも無い方向へとめちゃくちゃに振り回し、頭部でもがき、魔獣と連動した口と舌を振り回してタケシの足を、魔獣の長い舌で絡めて取ろうとする。脱水機に放り込まれたようなタケシは、如意の先を、その
その声は、トズランにも、イリアにも聴こえた。
「──お嬢!」
だが、構える指鉄砲で、上手くタケシの持つ棒に狙いを付けられないのか、イリアは額に汗粒を浮かべて歯を噛み合わせている。
「どうした、狙いが定まらないのか!」
イリアはうなずく。
彼女のバッグの中で、何かが光っている。トズランも気になるようだが、雨に打たれながらタケシは、暴れるケルピーの上できっと今、必死に武器を敵の急所に当てている。
「なあ! もう範囲魔法でいいんじゃないのか!?」アルセンも急かすが、イリアは首を振る。
確かに如意は先、範囲魔法で反応した。
しかし、同時にそれはタケシの体重も三倍にしてしまう。そんなことになればタケシはたちまち暴れるケルピーに振り落とされてしまうだろう。
イリアの腕の中でも、魔力が、はちきれんばかりに青く渦を巻いて発光している。
押さえ込むのもやっとだが、イリアは、汗を拭く拍子に、バッグの中、発光する何かに気付いた。
ひかりは純白で、眩しくはない。鼓動する様に脈打ち、七色の虹彩が、渦の中で螺旋している。
イリアもその、ひかりから広場に、気を散らしてはいけないとばりに目を戻したが、
「──そうか」
バッグの中には、革巾着に入れたアリタ川の石がある。
イリアは気がついた。
タケシの棒とアリタ川の石が共鳴している。
目を凝らせば、確かに暗闇のなか、暴れるケルピーの上で歯を食い縛りロデオする彼が握っているのであろう棒の何処かなのか、広場の上に、蛍のように軌跡を描く光が見える。
イリアは、動く目標を動くままに、狙いを、心の眼で定め、
そしてタケシの身に当たらないことを、どうか神様と、一心に祈りながら、
「お願い……!」
それと同時に──
ケルピーの体内で、青山亮二に染み込んでいる
如意と、タケシと、
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