1-34 重装戦士の斧、命運を断つ

「──なんだ、嬢ちゃんか……! お! タケシも!」


 足もとで止まった樽の、左右から、ふたりが顔を出して彼の小脇の左右へと着けた。


 アルセンは、こみあげて来る嬉しさに、


「無事だったか、この、この! しょんべんたれどもめ」


 彼らの笑顔を両脇に抱えて、無精髭を擦り付けた。






 そうしてアルセンは、飛び込んでくる誰かの手足に首をすくめ、窓の下に隠れたイリアとタケシの頭部をひとまとめに抱いて保護し、


「俺らは、ボヤンスキーの甲冑と、樽爆弾の支度が終わり次第、討って出る」


 そう二人の耳もとに囁くと、鏡を覗き、立ちあがって窓の外に顔を出した。


「どうしたクソトカゲ! そっちは弾切れか! ちいとも痛くは無いわ!」


 威勢よく怒鳴りつけるが、それも迫る野戦を前にケルピーの体力を温存させない策である。






「──それで相談なんだが、お嬢、昼間のアレはどこ行った?」


 アルセンはそうイリアに尋ねるが、最大重力呪グラビトンのことだろう。


「山を半分もぶっ飛ばしたアレがありゃオメエ、ヌメヌメクソトカゲなんざ、目じゃねえだろ」


 

 だが、イリアは、くやしそうに彼の腕のなかで顔をしかめ、


「昼間のは、いまは…… 使えない」


 血汗を額にぬぐい、歯噛みした。


 アルセンは、「そうか……」と、手鏡を窓の外にかざし、ケルピーの様子を物見しながら、


「そいつは残念だ。……だが気にするな。となりゃあ今度はタケシ、その大砲の代わりになるってトドメの金属棒が在処だが、〝尿意〟って言ったか」


如意にょいだよ! でも、広場にはまだ転がっているはず! ……ケルピーが吹き飛ばしていなければだけど……」


 そこに完成した樽爆弾とシーツを抱いてスライディングして滑り込んだディンゴは、血汚れた青いローブをまとめながら、傍に転げている兜の中、見開かれたままの目蓋を指先で、そっと閉じ、



「──私がその尿意を拾いに行っても良いが」


「だから如意……ぐえっッ」


 イリアがタケシに飛び付き裏腕ひしぎ逆十字固めをかけた。


「──ええ。その間、 ケルピーの注意を、誰かが何処かに引き付けてくれれば」


 ディンゴは、その様を横目に、シーツに爆弾を包んで端を巻き上げ、胸の前に来るように襷掛たすきがけにして回す。


「そりゃ結構なプランだが、しかしオメエさん、その胸の爆弾はなんだ、導火線がねえじゃ無えか」


 ディンゴは肩をすくめた。


「材料不足です。しかし、コイツがあります」


 と、手にした小瓶のボトルを見せた。


 野生の魔獣なら仕掛け爆弾に誘き寄せて発破も有り得たであろうが、相手は人並みの知性を胸に植え付けた使役魔獣である。彼は、シーツにボトルのラム酒を染み込ませ、投擲なげるつもりであろうか。そうすれば爆発の遅延は、理論上不可能ではないが、コアへの確実な命中は期待できない。


 となると、爆弾を抱えて、ケルピーの腹の下に跳び込むのが、最も確実なゴールとなる。


 イリアには、ディンゴの穏やかな表情が、幼い頃にみた、破滅の前に必ずあった奇妙な平穏と重なって見えた。


 はたして彼は、


「ケルピーを村に引き込んだのは、憲兵隊ですから」


 そう言いながら、晴れやかな顔を上げた。






 その会話は、耳の利くトズランには明らかで、手を止めた彼は、胴甲の脇止めバンドを固く締め上げ、装着完了を意味する平手打ちを、気を取り直すようにつよく、その背中の鉄面を一発、叩き、


「ボヤン! 次は寝刃合ねたばあわせだ! 俺がやるから、おまえは身体を温めていろ!」


 そう言いながら赤鼻の目は、刺すようにディンゴを睨んでいる。


 口惜しくてイリアは、唇を巻き込むが、ディンゴは苦笑いをし、胸の前の爆弾を、そっと膝で抱く。


「──タケシさんの、その如意が見つかれば、爆弾こいつの出番はないかもしれませんが」






 アルセンは、「俺も。それを祈るぜ」と天井に重たい息を吹き、あらためるようにディンゴへ向き直り、相談の口を開いた。


「……でだ。あの無口でデカいのが重鋼甲冑ヘビーアーマーと戦斧。そして、あの意固地な細いほうが短弓……」


 しかし短弓とは言え、秋の国の遊牧民が使う、それは逆反りの複合弓である。


「ああ見えて、二人引きの強弓なんだぜ」


「ほう……」


「それに、ボヤンの重鋼甲冑ヘビーアーマーは、拾いあつめた寄せ集めとは言っても、どれも選りすぐりの逸品だ」


 おたくらの行進で映える金ピカとはいかねえが、中身も含め、硬さは見栄えで揃えた数打ちの比じゃねえ。お墨付きだ。そう言うとアルセンは、


「……どう行くかね、我らが隊長さんよ」


 任せるようにディンゴへと口角を上げた。



 すると奥でトズランが、戦斧の刃面を陶器の裏で擦り上げながら、怒気をこめ、叫んだ。


「だから! 俺は出ませんぜ、親方!」


 アルセンは首をすくめ、仕方なさそうにキセルで頭を掻く。


「……ったく。どうか悪く思わねぇくれ。奴と俺とボヤンスキーは同じ四聖教会に捨てられた兄弟みてぇなもんでな……」


 そして、火の着けられないキセルを畳んでサイドポーチに納めながら、


「子供時分の話だ。それなりに悪さはしたが、ある時、憲兵隊があいつらを袋叩きにしてな。トズランを庇ったボヤンスキーは、二人分、頭をやられてさ。それから三日三晩、寝込んでよ。それきり言葉が出なくなっちまった……」



 アルセンは、


「……でも、そいつは春の国の憲兵。しかもディンゴ、おめえがオムツを巻いてヨチヨチ歩きをしていた時分だぜ」


 だから気にするな。そうは言うもののディンゴは、沈痛そうな面持ちで、うつむいた。

 









 タケシは、その傍で、イリアの関節技を受けながら、戦斧の刃を擦り上げているトズランの手もとを見つめている。


「気になるのか」


 イリアが声をかけた。


「うん。あれは何しているの?」


寝刃合ねたばあわせって言ってな」


 平時や旅などで携行する武器の刃物は、安全のため通常、触れても自分を傷つけないよう、研ぎを付けていない。


「それでもヒト相手なら、打ち当てれば骨は折れるし、突けば背中まで貫ける。──でも戦闘の前には、ああやって研いで、寝た刃を起こし、切れるようにするんだ」



 

 タケシは、そのイリアの説明を耳で聞いているようで、頭では聞いてはいない。


 むしろ彼の思考は、その戦斧の重厚さと、憲兵隊の薄い甲冑とは比較にならない重鋼甲冑ヘビーアーマーの総重量に目が行っている。





 そうか……。




 タケシが、呟くと、イリアが、目を輝かせ、関節技を解いた。


「エナツが、出たのか……?!」


 タケシはうなずく。



 そして、ディンゴとアルセンに顔を突き合わせ、


「もしケルピーの尾さえ、ボヤンスキーさんが斬ったら、オレたちに勝機はありますか?」



 ディンゴは、もちろん、とうなずくが、その顔には戸惑いが見える。


「……そうなれば我々は、残るケルピーのアゴだけを相手すれば良いのですからね」


 ヨシッ、とタケシは拳を握る。


「しかし、タケシさん。ボヤンスキーさんは前衛です。あの素早い尾を斬って落とせとは…… 容易ではない注文かと……」


 アルセンも、


「そうよ。ボヤンスキーは俺たちの中では、盾役だぜ?」


 あの重鋼甲冑ヘビーアーマーも、重戦斧バトルアクスも、野伏の三人が様々なフォーメーションを組んで戦うことを前提に構築された重装だ。


「敵の攻撃を先頭の盾役が一身に受けて、左右についたオレたちが長剣と短弓ってリーチの長え武器で敵の手脚を傷付けて行き、弱らせた所を三人で絡め取る。そういう作戦だぜ。だからあの戦斧は刃をつけたところでしょせんデケエ盾だ。扉でも門でも、大概のものは何度か叩きゃブッ壊せるが、タケシ……。振り回した所で素早いケルピーの尾は、とてもじゃないが切れないぜ……」


 しかも鎧は重い。飛んだり跳ねたりは不可能だ。







 まだタケシの脳裏にも、首に槍を突き立てた憲兵隊を一振りで、まるで草っ葉を刈るように根こそぎ飛び散らせた、あのケルピーの尾の記憶は生々しい。


 彼も身震いしてから、


「つまり、ボヤンスキーさんは、あの斧を腕で、振り回すことができない……」


 アルセンたちは、確認するように、それぞれ苦渋の表情でうなずいた。



 だが彼は、自信があるような目を見せ、


「──いいんです。振らなくても。ケルピーの尾は、斬って落としてみせます。このイリアと、ボヤンスキーさんがね」


 










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