26

「でもなんで、あいつからこんなにも離れたくないんだろう」


 タケシは、ぽつりと言った。



「なぜなんでしょう、シカルダさま」


 今日も今日、しかも昼間に知りあったばかりの彼女には、いのちを救われたといえばそうかもしれないが、同時に死ぬような目にもあわされた。さらには彼女から人間なみのあつかいを受けた気はしないのに。


「しかも、たぶんだけどアイツ、おれをミハラで奴隷商人に売るつもりでいます」


 すると、シカルダも胸の内を明かすように口もとをゆるめた。


「──やはり。お気づきでしたか」



 






「私の目には見えませんが、あなたはおそらく、ニッポンにお生まれになった方でしょう」


 タケシは如意を手に、その場に正座した。


「はい」


 シカルダの半身を、ランプの灯りが照らしている。


「ニッポンの血は、バルディアの春の王家とは最も近い。── その意味するところは、お分かりですか」


「いいえ」タケシは首を横にふったが、イリアが、そんなことを彼に聞かせているはずはない。シカルダは分かっていたかのようにうなずいた。


「では忌憚きたんのないよう聞かせましょう。──つまり、あなたは、時磁力石ぢぢりいしに、もっとも適合した民族にお生まれの可能性があります」


「適合……?」



「ええ。だからこそあなたは時磁力石のちから渦巻く回廊を、永遠にも近くさまよったあとこのバルディアに漂着しているにもかかわらず、精神に変調をきたすこともなく、またその証拠に人語も思考もすてておいでにならない」


 時磁力石ぢぢりいしの精神侵食作用を利用した魔獣の使役化には、融合対象の魔獣にも損失リスクがある。ゆえに高性能な使役魔獣の確実な生産には、触媒となる時磁力石にたかい適合性をもつ転生者が必要となる。


「私は、イリアさんがあなたをミハラに連れてゆき、春の国の大使館、あるいは繋がりのある御用商人のもとに持ちこむつもりではないかと、危惧しているわけです」


 


 タケシはたずねた。


「もし、おれがその適合者だったとして、春の国はこの身体をどうする気でしょうか」


「──おそらく。選りすぐりの魔獣の胸部にコアとしてうめこみ、兵器として使役することでしょう」


 そしてその魔獣の寿命尽きれば、ふたたび別の魔獣へと移植し、魔導科学と春の国、そのどちらかが絶えるまで理論的には未来永劫、核として再利用しつづける。







 タケシはしきりに、目を左右させていたが、それは混乱してなのか、それとも理解へと整理をつけるためなのか、


「──しかし、使役魔獣のなかに、そうコアとして埋めこまれた転生者は、そのなかで一体、……幸せなのでしょうか」


 そう口にしながら、半身をランプのひかりに浮き上がらせた。


「──わかりません。なにしろ時磁力石ぢぢりいしの力で魔獣と融け合った精神です。ふたたび人として生きなおした話を聞きません」


 じゃあ、と、タケシは声を震わせた。


コアとして死ぬまで…… 転生者は救われないってコトですか…… 魂だけになれば、もとの地球に還れるどころか、理屈のうえでは半永久的に戦争の道具として使役され続けるんだとしたら……」


 そして吐き気を催し、口に手をあててえずいた。



「殺されなくちゃ、もどれないっていうんですか…… 国にも、家にも、家族にも…… そんなことって……!」


 タケシは、理不尽や憤りを爆発させるように正座のまま板の間を鉄槌で叩いて叫んだ。そして、ふせたまま、ランプの炎がゆれるほど叫び泣いた。


 龍哭を、そしてバルディアを、そして春の国を罵倒しながらむせび、なんども息はとまりかけて、その涙もかれて、鼻をすすり、もう臆面もなくなったように、タケシは目を腫らしたまま身を起こした。


 だのに、


「それでも、イリアさんと行くおつもりですか」


 そう尋ねたシカルダに、彼は、


「──はい。」


 そう答えた。


「なぜだかわかりません。自分でもおかしいと思います。でも、そうしろと、心なかで誰かが言うんです」









 そのとき、僧堂にも、村からあがっている悲鳴が、かすかにきこえた。





 わけても眼の見えないシカルダである。物音には敏感である。


 指をたてて、タケシの口をとめ、あたりの空気のふるえに耳を澄ました。遠い気配を聴いているようである。


 すると、タケシの耳ですら捉えることが出来るほどの悲鳴や怒号、それを掻き消すほどの何か嵐のようなが、家屋を押し潰す音がしている。



「──広場のようです……」シカルダは耳を澄ました。「──まさかとは思いますが、魔獣かもしれません」


 タケシのあたまを、まだ記憶にもあたらしい剣歯虎獣サーバルタイガーの酸えた獣臭がよぎるが、そのさきに、


「──イリアが」


 見えた気がした。「シカルダさま!」そう呼び、やにわに立ちあがると、足ではもう倉庫を出ていこうとしているが、断っておかねばならないことがある。


「クレリックは戦っていいものなんでしょうか」


 シカルダはうなずいた。


「だが、死んではなりません」そう言った。「クレリックは生きて宝燈を絶やさず護り、武僧モンクは死して宝燈を護る。そういう役まわりなのですから」



「はい」タケシは返事をし、


「おれ、お師匠さまには、教えていただかなくちゃいけないことがまだたくさんあります! だから、かならず生きて戻ります」


 一礼し、戸に駆けだすが、急停止して振り向いた。


「シカルダさま、これ、借りてきます!」


 手の如意にょいをかざし、再度一礼をした。


 見えずともうなずいたシカルダは微笑み、タケシは、倉庫の戸口を蹴破るように跳びだして、渡り廊下を走り、階段を駆け、とびでた道場のまま闇を疾走した。そして山門の外の階段を転げ落ち、そのまま如意を突いて立ちあがりざま星空を、手でかきわけるように参道の坂道を息継ぎもわすれたように駆けくだっていく。




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