1-26 転生者、駆ける
「……でもそうだよ。なんでおれ、あいつから、こんなにも離れたくないんだろう」
タケシは、ぽつりと言った。
「なぜなんでしょう、シカルダさま」
今日の今日、しかも昼間に知りあったばかりの彼女には、いのちを救われたといえばそうかもしれないが、同時に死ぬような目にもあわされた。さらには彼女から人間なみのあつかいを受けた気はしないのに。
「しかも、たぶんだけどアイツ、おれをミハラで奴隷商人に売るつもりでいます」
すると、シカルダも胸の内を明かすように口もとをゆるめた。
「──やはり。お気づきでしたか」
「私の目には見えませんが、あなたはおそらく、ヒノモトあるいはニホンと呼ばれる地に、お生まれになった方でしょう」
タケシは
「はい」
シカルダの半身を、ランプの灯りが照らしている。
「バルディアの春の王家の血は、ニホンから天下ったもの。── その意味するところは、お分かりですか」
「いいえ」タケシは首を横にふったが、イリアが、そんなことを彼に聞かせているはずはない。シカルダは分かっていたかのようにうなずいた。
「では
「適合……?」
「ええ。だからこそあなたは時磁力石のちから渦巻く回廊を、永遠にも近くさまよったあとこのバルディアに漂着しているにもかかわらず、精神に変調をきたすこともなく、またその証拠に人語も思考もすてておいでにならない」
「私は、イリアさんがあなたをミハラに連れてゆき、春の国の大使館、あるいは繋がりのある御用商人のもとに持ちこむつもりではないかと、危惧しているわけです」
タケシは尋ねた。
「もし、おれがその適合者だったとして、春の国はこの身体をどうする気でしょうか」
「──おそらく。選りすぐりの魔獣の胸部に
そしてその魔獣の寿命尽きれば、ふたたび別の魔獣へと移植し、魔導科学と春の国、そのどちらかが絶えるまで理論的には未来永劫、核として再利用しつづける。
タケシはしきりに、目を左右させたが、それは混乱してなのか、それとも理解へと整理をつけるためなのか、
「──しかし使役魔獣のなかに、そうコアとして埋めこまれた転生者は、そのなかで一体……」
その後の言葉に詰まって、タケシは、きつく如意を握りしめながら、声を震わせ言った。
「……幸せなわけが無い……! ゆるされるのか、そんなことが。どうすれば彼らを救い出すことができるのでしょうか、シカルダさま」
シカルダは、半身をランプの陰影に浮かべながら答えた。
「
じゃあ、と、タケシは声を震わせた。
「
そして吐き気を催し、口に手をあてて、えずいた。
「殺されなくちゃ、もどれないっていうんですか…… 国にも、家にも、家族にも…… そんなことって……!」
タケシは、理不尽や憤りを爆発させるように正座のまま板の間を鉄槌で叩いて叫んだ。そして、ふせたまま、ランプの炎がゆれるほど叫び泣いた。
龍哭を、そしてバルディアを、そして春の国を罵倒しながらむせび、なんども息はとまりかけて、その涙もかれて、鼻をすすり、もう臆面もなくなったように、タケシは目を腫らしたまま身を起こした。
だのに、
「それでも、イリアさんと行くおつもりですか」
そう尋ねたシカルダに、彼は、
「──はい。」
そう答えた。
「なぜだかわかりません。自分でもおかしいと思います。でも、そうしろと、心なかで誰かが言うんです」
そのとき、僧堂にも、村にあがる悲鳴が、かすかにきこえた。
わけても眼の見えないシカルダである。物音には敏感である。
指をたてて、タケシの口をとめ、あたりの空気のふるえに耳を澄ました。遠い気配を聴いているようである。
すると、タケシの耳ですら捉えることが出来るほどの悲鳴や怒号、それを掻き消すほどの何か嵐のようなものが、家屋を押し潰す音がしている。
「──広場のようです……」シカルダは耳を澄ました。「まさかとは思いますが、魔獣かもしれません」
タケシのあたまを、まだ記憶にもあたらしい
「──イリアが」
見えた気がした。「シカルダさま!」そう呼び、やにわに立ちあがると、足ではもう倉庫を出ていこうとしているが、断っておかねばならないことがある。
「クレリックは戦っていいものなんでしょうか」
シカルダはうなずいた。
「だが、死んではなりません」そう言った。「クレリックは生きて宝燈を絶やさず護り、
「はい」タケシは返事をし、
「おれ、お師匠さまには、教えていただかなくちゃいけないことがまだたくさんあります! だから、かならず生きて戻ります」
一礼し、戸に駆けだすが、急停止して振り向いた。
「シカルダさま、これ、借りてきます!」
手の
「しかしそれは」
「イリアは重力魔道士なんです!」
見えずとも、シカルダは微笑み、タケシはうなずいて、倉庫の戸口を蹴破るように跳びだした。
彼は渡り廊下を走り、階段を駆け、飛び出た道場を疾走した。そして山門の外で階段を転げ落ち、そのまま如意を突き立ち上がり、星空の丘を一直線に駆け、参道の坂を、イリアの名を口に、全力で下った。
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