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 だが、広場のその惨状は、丘のうえの僧堂の、しかも大倉庫の奥まではまだ届いていない。




 シカルダは、となりの衣帯えたい箱をひらき、タケシはランプのひかりを当てながら、金属棒を引き伸ばしたり縮めたりといそがしい。


「しかし……。この如意というのは、どれほどの昔のものなのでしょうか」


 暗黒時代、北バルディア軍がかつてこのイワエドにあった関に置いた砦と補給拠点に縁起をもつこの武教僧堂モナスタリーである。


「そこから考えると、ざっと三千周期まえ、というところでしょうかね」


「……しかし、シカルダさま、これ、鉄ですよね」


 手触りや匂い。手のひらから熱をうばい、また空気中へと放熱する熱伝導率の高さを意味する冷たい感触。そして、中子と外筒が内側でこすれあう高い響きからすれば、この如意なる金属柱は、鉄。それも鋼鉄のようにタケシには感じられる。


 しかし、はがねだとすれば、なおさら不自然な点がある。


 大小あわせて七八〇本あるその金属シリンダは、一本として酸化、つまり錆びておらず、あたかも今、工場からとどいたばかりの新品のように、束のまま表面を輝やかせているし、タケシがいま手にしている床に落ちている一本もまたやはり、新品のように中子を引きだせば潤滑に伸縮し、経年劣化を感じさせない。


「クロム鍍金メッキかな……」


 だが、それにしては如意の表面はどれも日本刀の地金のように白い。それに、十本ずつ如意を束ねている針金も、錆びついておらず、輝きを保っているところをみると、その原因は材質以外にあると思わざるを得ない。


 シカルダは、彼のその表情を、背中で察したように、ふふと笑った。


「錆びておりませんでしょう」


「はい。それが不思議で不思議で……。もうおれ吐きそうです」


 その表現に笑いながらシカルダは、


「暗黒時代、使役魔獣の硬い外郭を貫いてコアに打撃をあたえるトドメの武具として使われたと聞きますから、やはりそこは鋼鉄製でしょう」


 と、ランプのあかりの届かない、むこう側から返事をするものの、その手で桐の衣帯箱のなかを整理しながら探りながら、なぞかけの答え合わせをするような口ぶりで言った。



「それは、時磁力石ぢぢりいしのちからです」


「ぢぢりいし?」


「ええ。魔道具や魔導機械につかわれる石です」




 時磁力石ぢぢりいし。それは冬の国のタリア渓谷で採れる透明な鉱物で、精製し粉末に、あるいは液体に溶かし、もっぱらそれらは聖魔教会の錬金術師アルケミストたちの仕事であるが、


「光魔法や、炎魔法の収束率をたかめる杖の重力レンズに使われたり、千里眼や魔動機械の制御球に使われたりと、古くは盛んに魔道具に用いられていたといいます」


 賢者トキサダの書き記した書物によれば、それは時間が空間とがむすびつき結晶化したものとあり、あるいはシカルダたちの武教では、生きとしいける全ての個の生命いのちと、この宇宙という大いなる生命いのちとをつなぎとめているちから、つまり〝縁起ムスビ〟そのものが結晶化したものととらえると、道着を探しながらシカルダは言うものの、


「とはいえ、私も教義の座学は居眠りをしてすごしましたので、ちゃんと理解をできているとは言えません。ふにおちない説明しかできずに面目ない」


 もし詳細をしりたくば、ミハラの図書館で賢者トキサダの原本にあたられるのがよいでしょう、と言った。


「むすび……」


 いそがしく頭をのなかを動かしても、ニュートン力学でいうところの万有引力か、それとも量子論でいうところの量子のもつれた状態か、そのくらいしか似た概念が思い浮かばないが、いずれにしても、それら粒子の状態が結晶化するとは考えにくい。


「……うーん」


 その様子にシカルダも苦笑して、おそらく如意にも、こうして三千周期を経てなお錆びぬところをみれば、鋼管のなかに、なんらかの形で時磁力石ぢぢりいしが詰まっているのでしょうと言った。


「なぜ、そう思うんですか」


「鉄や人体など相性のよいものの腐れやさびを、ふせぐはたらきもあるそうですからね」


 そして、「おお」と声をあげ、


「なんと。ありました」と、懐かしい道着の手触りに、ついに衣箱のなかさぐりあてたのか、シカルダは衣のすれる音をさせて、正座する両膝のさきをタケシのほうにむけた。






「探し物にあたる。これも〝ムスビ〟のなせること。そして、我々ふたりの出会いも、今宵の星々の運行も、そのムスビの振る舞いもと」


 そう微笑むと、


「奇しくも今夜は十五夜。よければタケシさん。あなたも武教僧団の共柄ともがらとなりませんか」


 タケシを誘った。



「──それは、つまり、おれに武僧モンクになれと…… いうコトですか」


 シカルダはうなずいた。


「出家者は、出家した後の人生において、このバルディアの身分階級の輪のなかから外れた自由な存在になります」


 そしてそれは、転生者にも適応されると、念を押すようにシカルダは言った。


「さすれば今後、あのイリアさんと旅をつづけるにしても、あるいはここで別れの道を選ぶにしても、あなたは自由の身となる」


 タケシは、口をぽかんとあけていたが、


「……それは、おれに、イリアから逃げろという話しですか」


 まるでその発想はなかったかのように、ほんとうに今きがついたことのように彼はそれを口にしたが、


「その自由が、あなたにはある。ということです」


 シカルダがそう言う以上、


「そうか……」


 思ってもいなかった運命の転換点のうえに、いま自分が今あることを、自覚せざるをえないようすで、タケシはランプのあかりのゆらめきをながめた。


 


 武教徒の出家には、ふた通りがある。


 ひとつには、教義を研究し回復魔法を研鑽し後世へと教えを伝える、学侶クレリックの道。

 もうひとつには、おのれの五体と武芸を磨き武教の教団と信徒を護る、武僧モンクの道。


「もとの世界で学んだことも、学侶クレリックになれば、このバルディアで暮らしながら活かせましょう」


 ミハラの四王立図書館に紹介状を書いても良い。


 あるいは、バルディア全土の武教僧院モナスタリーで一宿一飯のほどこしをうけながら旅をしてもいい。


 ともかく出家をすれば、転生者であるというだけで、官憲から理不尽な扱いを受けることはなくなる──。




 だがタケシは、ぽつりと言った。


「でもなんで、あいつから、こんなにも離れたくないんだろう」





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