18
〝回廊〟の誕生以前、バルディア世界と地球世界。このふたつの世界は、重なりあうことのないまま存在していた。
だが三千有余周期の昔、空より燃える龍がこのバルディアのどこかに堕ち、それ以来、〝回廊〟を通って異世界より転生者が漂着するようになったと聞く、とシカルダは言う。
「武林では読み書きと武術そして治療のあいまに、経文で歴史も学びます。なかでも市城都市ミハラの図書館には、はるか未来より漂着した転生者の言葉を記録した経典の原本があると聞きます」
その根本経典には、〝回廊〟の誕生にかかわるその燃える龍、〝
「龍哭三型……」タケシはつぶやき、それを口に含んだ。聴き覚えも、なじみもないその言葉に、なぜだか心がザラつく。
「── つまりおれは、その
タケシは、茶の入ったカップを片手に、膝を掴んで言った。しかし、聞きおぼえのない、しかもたかが単語に、こんなにも苛立ちをおぼえるのはなぜだろうか。
「──いや。もしかして、忘れているだけなのか……」
そうつぶやく彼に、シカルダは返腕を求めて言った。
「ここからは、われわれ武僧の教団、
トキサダは、無数の転生者が地球世界からバルディアにむけて一方通行的に落ちてくるのは、龍哭がなにか重力に似たちからをもち、バルディアのどこかでまだそのちからを失っていないからかもしれないと考えた。
「そして彼は、龍哭を見つけだし、破壊すれば、転生者はもとの世界に還れるかもしれないと考えたのでしょう」
それとも、あるいは自分たちは二度ともとの世界に戻れなくなるとしても、龍哭の破壊に成功すれば少なくとも〝回廊〟は閉じ、新たな転生者は現れなくなるかもしれないと考えたのか。
「老齢にいたって彼、トキサダは、息子のゴロウに冬の国を譲り、龍哭を探索する最後の旅にでました」
静けさのなかに、かすかに広場の喧騒がとどいている。
ランプのゆがんだガラスなかで灯芯の先が、菜種油を燃やしている。
ひかりが揺れているのはそのせいだが、ふたりが座りこんでいる道場の板の間の静けさに、タケシは、すなおに今、思うところを口にした。
「── トキサダはその最期、龍哭をみつけ、破壊することができたのでしょうか」
シカルダは、
「わかりません。伝説はそこで終わっていますので」
そう首を重く横にふった。
「……そうですか」
タケシは肩をおとし、シカルダは茶碗を手に細い目のままで言う。
「しかし賢者トキサダは、みずから吹雪の山にはいって魂だけとなり、もとの世界に戻ったと伝説にはあります」
「──そうですか」
タケシは、気分を入れ替えたいように顔をあげ、おおきく背をのばした。
「じゃあオレも、あのおっぱいと、たのしい転生ライフを送ることを考えたほうがいいのかな。」
大賢者でも成しえなかったのだ。元の世界への帰還など考えるだけで哀しくなる。
しかし、タケシは床の茶碗に映り込む自分の顔を見て言ったのは、
「……でも、
やはり、どこかでそれを見た記憶があるためだ。
シカルダは見えない目で、彼のその顔を見つめていたが、
「そうですか。……やはりあなたも呼ばれたくちかもしれませんね」
ランプのひかりのなか、立ちあがると、タケシに倉庫まで着いてくるよう言った。
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