17

 それは、市城都市と書く字のごとく、あの暗黒時代においても商人たちの財力を背景に、たかい城壁と武僧モンクらの教団である武教モナスタの武力の庇護のもと、高度な自治を保ってきた歴史をもつ。


「また、暗黒時代以前に異世界よりもたらされた学問や工芸、はたまた芸術をよくのこす文化の都でもありましてね」


「──すごいや。まるで想像がつかないけど、ぜったい面白いところだそれ」


 武僧も微笑んだ。


「そう。まことにおもしろき街です。── 学術、芸術、歴史、文化、それらのすべてが商人たちの自治のもと、四つの国家からは独立した自由かつ中立の立場をといるところがまた実に意義深い」


 そうして武装した永世中立をつらぬく市城都市ミハラには、各国が大使館をおくほか、国際協議の場である四勇者記念会議所と、その付託機関をかねたバルディア中央学院が四つの国の共同出資でおかれている。



「このバルディア中央学院には、それぞれの国で初等教育を修めた王侯貴族の子息が遊学に訪れるのが慣わしでしてね。この節の十の日に、その入学試験が行われるという話なんです」


「……そうか。それが春の国の皇太子が来ている、って話しだったのか」



 この武僧、目がきかず、見えこそはしないが、タケシの動揺は脈診にあきらかなのか、


「──お気にされている様子ですね」


 そう言うと、見えない目を細め、


「さて。おわりましたよ」


 彼の右腕を、そっと手放した。





 タケシは、その右手をさすり、揉んで、五指を開いては握りこんだ。


「すげ…… すっかりなおってら」


 武僧の青年は、見えないその目で微笑んで、杖をとった。


「しかし油断は禁物です。明日までは様子をみてくださいね」


 そう言いながら板の間に立ちあがり、「──ですが、私の手が遅いものですから、せっかくエリカが運んできた夕食をさましてしまいました。せめて熱い茶をいれて参りましょう」


 タケシはかぶりをふった。


「いや、そんなことないです。魔法ってすごいですよ。正直驚いてばかりです」


 それはタケシ本心だったが、武僧は恥いるように頭を掻いた。


「いやいや。武林では武術ばかりやりましてね。治療のほうはサボってばかちおりましたので、今はこうして檀家の皆さんにほ迷惑をかけております」


 そう言いながら彼は、渡り廊下へと足をむけたが、タケシはあわてて膳から二枚の小銀貨を掴んで、盲目の青年僧のその手に握らせた。


「おお、なんと。助かります。しかも忘れっぽくて私はいけませんね」


 細い目で微笑んで、ふたたび本堂につながる渡り廊下へと足をむけた彼の背中に、タケシは、


「あのう!」


 と、思い詰めていた気持ちを投げかけるように、よびとめた。




「── いや、その、武僧モンクさまは、お坊さまなんですよね」


「ええ。道場こそ畳みましたが、武教マーシャルの僧であることには、今もかわりありませんよ」


 だがタケシは、まだもじもじと両手の指先をこねている。


「おれの生まれた国だと、お坊さんは悩み事を聴いてくれたり、相談にのってくれたりするものなんですが、その…… この国でもおなじなのかなっておもいまして……」


 すると、


「そうですか。坊主はどこの国でも。おなじような仕事をするものですね」


 そう彼は微笑んで、もうなにもかも見透かしているような物言いであったが、それでもなおタケシはまだ尻込みをしている。


「でもこの世界のをもってないんです。おれ……」


 それ自体がもう告白である。その少年の様子に、武僧は呵呵大笑して、


「では、あの肉包ナンポウをひとついただきましょう。それでなんなりとお話しください。大丈夫です。悪いようにはいたしませんから」


 そういえば、道場の板張りのうえで、宿の亭主の孫がもってきた膳がすっかりと冷めていた。







「シカルダと申します。御前試合で目をやってからはこんを下ろしましたが、この武僧堂で武芸を教授しておりました」


「おれはタケシ。さあこれを」


 彼はシカルダの手をとって、丸パンに挟んだミートパテを持たせ、自分は木椀のシチューに匙をいれた。


 が、どこから話したらよいものか、あるいはどこまで話して良いものか。そもそも自分の正体を伝えないまま、教えて欲しいものをどう伝えたら良いものか。その冷めたシチューをかきまぜつづけたが、しかし、はたと気がついたことが口をひらいてとびだした。


「そういえば! この世界のお坊さんは肉をたべて良いんですか……」



 シカルダは、たまらず噴きだした。


「この世界の武僧には、ひとつの日めぐりにつき、ひとつ戒を破ることが許されておりますからな。いやはや、そちらの世界の坊主は真面目なのでしょうな」


 隠しだてはもう無用とばかりに、ふたりはひとしきり腹を抱えて笑い合った。


 そして、むかいあわせに座る板の間の中央に、熱い茶をいれた茶碗をひとつ置き、たちのぼる香気をはさみ、交互にそれを酌み交わし、


「もうお気づきのことでしょうが、── おれ、異世界から来たんです」


 タケシがそうきりだしたことに、シカルダは細い目でうなずいた。


「では、お話しというのも?」


「はい。もとの世界にもどる方法をシカルダさまがご存じないものかと」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る