1-16 武僧堂の青い光
夜祭のような広場のにぎわいも、森の参道をあがった丘にある、この
「──ほんとだ! 全然いたくない! イリアのプロレス治療とは大違いじゃん!」
板張りの道場のなかで、右腕を剃髪した
武僧の彼は、微笑むと、
「それはなによりです」
と、傷口にかざしている手のひらからの解毒魔法を、つよめていく。
すると、武僧の彼が赤子のように抱くタケシの右腕が、
水族館にいるような清涼なひかりのなかで、タケシは子どものようにこの回復魔法へとみとれているが、イリアは、宿から運んでもらった膳に匙をおき、
「しかし。あの亭主が
「なんの。それよりも応急処置が早かったからでしょう。歯牙の毒も、これなら
そう目を細めて言う青年の武僧が、剃りあげた額へと汗の粒をにじませている様子に、タケシは、
「すみません、おれなんかのために」
身を縮めて恐縮したが、眼の見えないその武僧は細い目をさらにほそめて言った。
「いえ。毒と戦い治ろうとしているのは、ほかの誰でもないあなたですから」
そう聴くと、タケシは、ふしぎそうな顔をした。
「──おれが、治そうとしている?」
「ええ。私も、そして解毒魔法も、ただ御身のお手伝いをしているだけです」
「そうなんだ……。おれはてっきり魔法のちからが毒を消すんだとばかり……」
青年はうなずいた。
「まことに人のからだは
タケシは、治癒のひかりに照らされながら、そしておなじように青く揺れているこの青年僧の表情を間近に、なにかを感じたように唇をむすぶ。
「この光も魔法ではなく、あなたのひかり。傷もこうして毒と戦っております」
そばにイリアがいなければ、彼はまた涙をこぼしていたかもしれない。
その彼を横目にイリアは、丸パンを口にくわえ、カバンを肩にすると、立ちあがった。
「ひかし、なにがフロレス
そして彼女は自分の外套を羽織り、膳のうえに銀貨を二枚、わざと軽く音をたてて置き、口の中のパンを飲み込んでから、盲目の武僧に言った。
「包みもせずに失礼ですが、小銀貨二枚でたりますでしょうか」
すると彼はイリアの声のするほうへと微笑みを向けた。
「ええ。余るくらいです」
「よかった。では灯明代に。── 私はちょっと出てまいります」
「どこいくのさ」タケシは腕を預けたまま言った。
「三悪党を探してくる。おそらく連中も今夜はこの村に足留めのはずだ」
「
イリアは、ブーツの編み上げ紐をきつくしながら言った。
「使役魔獣の、脱走ケルピーを狩るのよ」
タケシは不思議そうな顔をした。
「なんでさ」
たしか宿で彼女は、橋はわたらず迂回して下流域から市城都市ミハラをめざすと亭主と話していたはずだ。
「なんでって、わたしの魔法はバフとデバフ。ケルピーとは直接戦う前衛が必要なのよ」
「いや、そうじゃなくて…… ケルピーを避けて西の街道から迂回をするんじゃなかったか? 」
彼女は、編みあげた紐を蝶結びにまとめ、その左右の輪をそろえながら、チラとタケシを見た。
「下流から迂回すれば、ミハラまで五日かかる。十の日までに間にあわない」
武僧も、耳を頼りに彼女のほうをむいた。
「間にあわぬと仰いますれば、イリアさまも、バルディア中央学院をご受験なさるお積りで……?」
すると彼女は、横顔から表情を棄て、冷たい声をだした。
「はは。まさか。──いやね、春の国の皇太子が滞在中だとかで」
「では行列の見物でございますか」
「まぁ、そんなところです。こう見えてわたしミーハーなものでして」
そう言いながらも目が笑っていない。
その顔は、武僧には見えていないが、ランプの灯りに揺れながらタケシには見えている。明らかに彼女の様子はおかしい。
その目を拒絶するように、イリアは、
「しからば。私はここで」
と道場の戸口をあけ、去り際にいちど振りかえり、
「その奴隷、一人で宿まで帰れますのでどうかお構いなく」
そう告げ、胸下に左手を置き、
その戸が閉まるまでのあいだ、村の中央広場の喧騒が、この道場にもきこえていたが、タケシは右腕を預けたまま言った。
「しかし、賑やかですね。この村はいつもこんな、お祭り騒ぎなんですか」
参道に入る折、村の広場では、博打に興じる男たちの歓声や駆けまわる子どもたちの声がしていた。武僧は言う。
「いや。珍しいことです。村としては潤って助かりますが」
サモエド峠の森と、ユラの川にはさまれたこのイワエドの村は、秋と夏の国境に位置する交通の要衝として、暗黒時代のそれ以前、古代バルディアの頃さかえた。
「しかし今ではその位置を、市城都市ミハラにとってかわられましてね」
菌はあらかた傷の内に死滅したが、それが産みだした毒はまだ消えていない。あともうひと息というところであろうか。青年武僧は額に汗し、
「──その、ミハラっていうのは、そんなに大きな町なのですか」
「ええ。バルディア大陸の東西南北から中央に向かってのびる四つの街道の中央に位置する、重要な交易都市です」
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