22

「なんと。珍しいことじゃな。あれは憲兵隊カヴァレールではないか」


 イリアは、いま気がついたかのように年増女におどけてみせた。


 憲兵隊はざっと見て、店の最奥の壁際に十三、四名はいるだろうか。揃いの蒼いローブのしたに全金属甲冑フルプレートアーマーを被甲したまま、表情もかたく、木製のジョッキを手にしているが、押し黙っていて誰ひとり酔っている様子がない。


「てんで飲みやしないんですよ。連中ときたら。なんのために来てるんでしょうねぇ」


 年増女は呆れたように言うが、彼らの正式装備である左腰の曲刀サーベルのほかにも二、三人は青ローブのしたのふくらみからしてボウガンを持ちこんでいるようであるし、壁には長槍ランスが十振りほど立てかけてある。


 室内では取り回しが悪い槍と、射程が長すぎる弩弓ボウガンは、こんな店内では文字通り無用のである。


「盛場の手入れとも、おたずね者の捕り物にも見えんのう」


 それはもはや、戦さ場の装備であって、


「もしや、昼間にケルピーの討伐から帰還した者らか」


 老人めかした声色でイリアがそういうと、


「ええ。そうなんですよ」年増女は手持ち無沙汰な両腕を胸のまえで組んで、「いったいなにを考えているんだか。王都に戻らず、村の墓地に遺骸を仮埋めしてからずっと、あそこに陣取ったきりなんです」


「では、店を強請ゆすりに来たわけでもなく、か」


「ええ。その手合いでも──。おおかた手ぶらで帰れやしないんでしょう。酒場うちで適当な騒ぎをおこして手土産の首でもつくる気なんじゃないかしら」


 

「それにしては得物が長いな。この天井なら腰のもので充分であろうに」


 だがイリアには、さらに気になるのものがあった。


 それは店の最奥に陣取る彼らのうちでも最も飛びぬけて体格の良い一名が肩にもたせかけている長包みの重たげな金属であって、


 ──手砲筒カノンか。


 彼女には、その中身が何なのか、だいたいのところで察しはついたが、年増女にはそれがまさか二〇モンメの鉛玉を煙硝かやくの爆圧で一里リーグも射ち飛ばす手持ちの大砲だとは、まさか思いつきはしないのだろう。のんきに苦笑して言った。


「お探しの三人組も、このありさまじゃあ寄りつきやしないでしょうけれど、おジジさまはどうぞ巻き込まれないようにご用心くださいね」


 と、自分の手にキスをし、その手でフードの頬に触れ、


「ただし一杯だけは、ご注文よろしく〜」


 ウインクをして去った。


 彼女はそのまま馴染み客たちのなかに割って入って、スイカのようなその胸を揉ませたり、抱きついてみたりしているが、イリアの身長では、背伸びをしても、この店内の樽の島をかこむ男たちのなかにあの三人組がいないか見渡しようがない。


 しかたなく彼女は、フードをさらに目深くし、店のなかを歩くことにした。


 だが──。


 目を左右しながら、ひとつめの島をのぞきこむなり、ガラの悪い冒険者に睨まれ、反転して隣の島の隊商の男たちの顔をのぞきこむと、カードの手札を読まれたくない者にまた睨まれ、あわてて身をひけば羅紗の伊達なローブのすそをふみそうになり、片脚をあげたところに太刀の鞘がふりむいて、片足を挙げたまま避けた拍子によろめき、噂話に興じている小物男の後ろで組み換えた短足につまづいてまた手を回しながら今度は前につんのめり、その横からつきでた長身の馳せ者ストライダーのかがみ込んだ尻に頭を押されてふらつき、あたかも千鳥足で、店の最奥の中央の、壁際で水を張った樽をかこみ沈鬱な憲兵隊員カヴァリエたちの前に立ち塞がるようにとびだしてしまい──


 ──青いローブの男たちの、いましがた地獄をのぞいてきたばかりのような目が、彼女のフードへといっせいに突き刺さった。



 ひげのイリアは、


「あっ、あっ」


 あわてて引き返すほうが、こうなってしまった以上、かえって怪しまれるだろうとを高速で撫でつけながら、咳払いをし、


「あー 憲兵どのたち。ご苦労ご苦労。してこのたるのなかには水を張っておいでだが、なにか旨いサカナでも生簀いけすにしておいでかな」


 憲兵たちは薄く笑い声をあげた。


 老人に扮した彼女は、おどけたついでにその中をおがもうと、足をもつらせたふりでその樽のまえまで千鳥足で進むが、なかでも眼つきの宜しくないアゴ髭をはやした憲兵隊長が、胸に小隊長を示すを二本の羽根飾り差しながらも、


「──サカナはさかなだがな」よほどその中味を見せたくないのか、


「くえたモンじゃなくて悪いな、爺さん」スネ当てのついた膝からしたを張り伸ばした。


 イリアは、それにつまずき、


「……っと!」


 真似事ではなくこんどは本当に転倒しかけたが、かたむいたそのマントの脇へ、別角度から駆け寄った腕を差し込むものがあり、からくも転倒はまぬがれた。


 しかし、舌打ちしたアゴ髭の憲兵隊長は、その老人をだきとめた若い憲兵を、ねっとりとした眼で睨みつけた。




「ディンゴ、お前、つくづく親の威光をかさにきてイヤなヤツだな」


 だがそう言われたものの今のところ無役なのか、羽根なしの甲冑に青ローブのその若い憲兵に支えられてイリアは足幅をとりなおしたが、あご髭の隊長がそう卑怯者ディンゴと呼ぶ彼は、甲冑ごしとは言え、外套のしたの彼女の皮膚の柔らかな感触に眉をピクリと動かし、フードのなかをのぞきこむと、その青い目に一瞬、電撃を食らったかのように目を奪われたが、かぶりをふって。気をとりなおすように隊長へと振りむき、言った。


「話してきかせればよいのです。まだ時間はあるのですから」


 そして彼は、イリアのフードに顔を近づけ、耳にささやいた。


「──ここは危険です。家か宿に、今すぐかえりなさい」




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