第三話 エメラの酒場
1-21 星降る酒場と偽りの老人
一方、そのイリアは、僧堂をでてから星の降る丘のうえを歩き、木々の参道をくだって、ちょうど村の広場に出るところであった。
銀河の星明かりが、石畳の広場に彼女の影をつくるほど明るく、夜とは言え念のためイリアは
そう老人に化けた彼女が、吠えている飼い犬の横でベンチに掛けていた睦じい男女を跳び上あらせながらイワエドの中央にある広場に出ると、その青い目は、広場にいる人々のなかに、昼間の三悪党の姿を探した。
広場中央の炉では、蚊よけ草が
彼らの視線のさきに、花火の跡片付けをしている親子をみとめ、仕方なさそうに、ため息をひとつし、イリアは足をすすめた。
「お尋ねもうす。この村に、冒険者たちがたむろするような場所はないか」
すると父親とおぼしき若い男が、その小柄な老人の風体を怪しむように、
「ありはしますが、空気のよろしくない場所でございますよ、ご老体さま」
と言った。
「かまわぬよ。こうみえて
すると父親は、村のなかでは珍しい石組みの建物をゆびさして、
「あれに見ゆる灯りの漏れている石造りが、この村でひとつきりの酒場です」
「ほう。砦かと思うたが」
「おっしゃる通り。もとは旧い屯所だそうでございます。ですがいま時分は冒険者に隊商、あるいは
しかし、小男に扮した彼女には、かえってそれが好都合のようで、
「かたじけない。爺も気をつけて参るよ。ときにそのお子はそなたの娘かな」
と、イリアはマントの内側で、バックのなかから皮袋をとりだし、口をひらき、小ぶりな石粒を指先でえらびだし、それを、父の脚に隠れている歳もまだ六つか五つか娘へと、つまんでさしだした。
幼な子は、透明なそれを、両手でうけとると星あかりにかざして、表情をあかるくした。
「正真正銘、タリア渓谷の石じゃ。嫁入りまで御身と共にだいじにすると良いぞ」
そう言って、青い目をほそめ、そして父親にはあの少年らに目配せをして、
「どうも今宵はスリがおおいようじゃ。互いにきをつけるとしよう。ではの」
そう忠告し、老人に扮したまま酒場に足をむけた。
店内は、壁に等間隔でならぶ洒落たランプが煌々と数で店内をてらしている。
ひと息をつこうと壁を背にし、うなだれてから、彼女は店内を見渡した。
ひろい石畳の床には、掃除がしやすいよう砂が撒いてあり、テーブルがわりに並べた
店内は狭くはないはずだが、荒くれどもがみっちりと海賊島を作っていて、汗臭く、混雑している。
彼らは、木製のジョッキからエールをあおり葉巻をふかし、その灰や唾を床におとし、歯でちぎった羽根を床へ噴いては焼いた鶏を頬張り、その骨のガラは樽テーブルで独り飲む者に投げつけて素知らぬふりをし、睨みつける眼に肩をすくめてとぼけ、おどけ、黄ばんだ歯抜けの歯茎をむき出しに大笑いをしてまたカードへと興じるが、イリアの青い目には、その猥雑な店内のなか、最奥の壁際に青いローブの憲兵が集団をなしていることが気になった。
それは十二、三名はいるだろうか。彼らが憲兵隊である以上、あまり目をあわせないようにと彼女は目をそむけ、昼間の三悪党を冒険者たちのなかに探すが、その目のたかさに突如、ブラウスを着た女の、はちきれんばかりの胸がとびこんできた。
「ようこそ! マントのダンディさま!」
それは、年増な美女で、肉厚な腰のくびれを編みヒモで締めあげてディアンドルに身を詰めこんでいるが、注文をとりにきたのであろうか。驚いて壁にはりついたままのイリアに目を細めた。
「今夜はおひとりさまで?」
「──いや、それがの」イリアは喉を絞り、しわがれた声をだした。
「三人組の冒険者を探しておってな」
ひとりは赤鼻のアーチャー。
もうひとりは長剣をかついだ髭面の野伏の頭目風。
そして三人目の寡黙な筋肉は戦斧をかついだ雲をつくような大男。
「夜までに、この村には入ったはずだが」
しかし女は、
「あいにく見かけておりませんねぇ」
そう言いながら店の中央で樽を囲む憲兵の一団に目配せをし、
「……なにせ今夜はあの通りでしてね」
肉付きのよい肩を少しすくめ、口をへの字にしてみせた。
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