1-13 死をはこぶ樽
だが、あと数歩でイワエドの村の木戸というところまで来て、タケシはたまらず立ちどまった。
冬の国の厚手の
「どうした」先をあるいていたイリアがふりむいた。
「いや、暑くてさ。よくこれでイリアは涼しい顔でいられたな」
とてもフードをかぶったままじゃいられない様子で彼は目もとの汗を指で拭った。
「でも、髪色を見られるのはまずいんだろ」
フフンと得意げな顔をし、彼女は、右の指をいっぽんたてて言った。
「みているがいい。おもしろいことをしてやる」
口のなかだけで呟く微音で
すると、フードが空気のすいこみ口になり、また足もとからも風があがってくる。
「こいつはいいな、まるで空調服だ……!」
タケシはためしに足踏みをしたり、前後へとあゆんでみたが、その
「これも重力魔法なのかい? イリア」
「そうだ。おもしろいだろ」
かつてはこの原理をいかし、海や河では、帆船を海流や河の流れに逆らって
「それだけじゃないぞ。重力魔道士の活躍は
たしかにあれは、地球世界の戦術核弾頭に匹敵する威力があった。
「──だから戦後は、ユーたち同様あらたな支配層からは疎まれることになったんだけど……」
魔王の南バルディア軍が擁していた使役魔獣に対抗するには、彼らの存在が不可欠だったことには違いない。
「そうだ、まって、その暗黒時代のハナシで、よくわかんないところが一個あったんだよ」
「ん? 使役魔獣のことか?」
「そう。まず、魔獣っていうのは、さっきの
だがイリアは、はぐらかすようにタケシの肩をパンチした。
「──いって!」いつのまにか、イワエドの村をとりかこんでいる木柵の入り口は、もう目のまえだった。
「とにかく、ここからは
「なんだかなぁ。だけど、じゃあ、そのカヴァレールってのは何さ」
「憲兵。つまり国内軍だ。平時には治安維持にあたる」
「警察……みたいなもんか。じゃ、そのカヴァレールにもしオレが捕まったらどうなんの」
「まともな憲兵なら、それぞれの国の王都まで連れていくだろうな」
「……そ、そうなんだ。連行のあとは」
「よくて奴隷」
「なんだそれ。今とかわんねーじゃん。じゃ逆に、まともじゃない憲兵に捕まったら?」
「よくて屠殺」
「ええーーーー!」
「そして、呪具か薬品に、ってところだ。──どうだ。なぜ私がマントを貸したかが分かったか」
「……はい。すごく。でもさ。よくてソレって、それ以下があるってことなの」
「ああ。春の国に運ばれ使役魔獣の
──そう言いかけてイリアは咳払いをした。
「……まぁ。そのうちわかるよ」
そして彼女は、背後から近づいてきていた馬車の音に気がついて、道をあけるよう、タケシを街道の端へと寄せ、そっと彼のフードに口もとをよせて耳打ちをした。
「噂をすればカゲ。憲兵隊のお通りだ。いいか、耳のきこえないフリをするんだぞ」
その目と鼻のさきを、
だがその様子がおかしい。
駄馬のひく車の荷台には、雑に積まれた遺体の山があり、それらと同じ扱いなのか揃いの血濡れた青いローブなかでまだ息のある重甲冑の男がうめいている。タケシの顔はひきつったが、後をいく
彼らの揺れるうつろな目と視線が合い、タケシは目をそむけた。
イリアがつぶやいた。「──どうも穏やかじゃないな」
荷車に載せられた
そして死せる者も、生ける者も、兜の房から全身と手甲まで粘液を浴びたように
奇妙なのは、その粘液だけではない。
息絶えた
樽のなかには、波うつ音がしている。
だが、その中味はうかがいしれない。
荷馬車は遠くなっていくまま、街道へと透明な粘液、そして薄まった血漿を点々と落としつつ、イワエドの村へ入っていく。
イリアは言った。
「あれは、この夏の国の憲兵隊のようだが…… 荷車の死体を見たか」
タケシはうなずく。
「あの前衛たち、どうも魔獣にやられたっぽいぞ」
「……魔獣?」
「ああ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます