13

 だが、あと数歩でイワエドの村の木戸というところまで来て、タケシはたまらず立ちどまった。


 冬の国の厚手の外套マントは重く、暑く、蒸れる。よくイリアは平気だったなと思いながら彼は、沁みる目もとの汗をぬぐった。


「どうした」先をあるいていたイリアがふりむいた。


「いや、暑くてさ。よくこれでイリアは涼しい顔でいられたな」


 とてもフードをかぶったままじゃいられない様子で彼は目もとの汗を指で拭った。



「でも、髪色を見られるのはまずいんだろ」


 フフンと得意げな顔をし、彼女は、右の指をいっぽんたてて言った。


「みているがいい。おもしろいことをしてやる」






 口のなかだけで呟く微音で小重力呪グラッボを詠唱し、タケシの着込む外套のあしもとに、持続性のちいさな重力穴ブラックホールを創った。


 すると、フードが空気のすいこみ口になり、また足もとからも風があがってくる。


「こいつはいいな、まるで空調服だ……!」


 タケシはためしに足踏みをしたり、前後へとあゆんでみたが、その重力穴ブラックホールは彼に従うようについてきて、あしもとをはなれようとしない。


「これも重力魔法なのかい? イリア」


「そうだ。おもしろいだろ」


 かつてはこの原理をいかし、海や河では、帆船を海流や河の流れに逆らって帆走はしらせ、陸地では、魔動大型兵器や武器防具、そしてその矢玉や装薬および燃料、そのほか最重要な飲料水と糧秣を軽量化し戦地まで運び、四勇者率いる北バルディアの攻勢をかげで大きく支えた。


「それだけじゃないぞ。重力魔道士の活躍は輜重兵しちょうへいだけにとどまらなかった。ユーも山でみたろ。あの爆発を」


 たしかにあれは、地球世界の戦術核弾頭に匹敵する威力があった。


「──だから戦後は、ユーたち同様あらたな支配層からは疎まれることになったんだけど……」


 魔王の南バルディア軍が擁していた使役魔獣に対抗するには、彼らの存在が不可欠だったことには違いない。




「そうだ、まって、その暗黒時代のハナシで、よくわかんないところが一個あったんだよ」


「ん? 使役魔獣のことか?」


「そう。まず、魔獣っていうのは、さっきの大トラサーバルみたいな怪物だろ。それが使役って、家畜化した魔獣のこ……」


 だがイリアは、はぐらかすようにタケシの肩をパンチした。


「──いって!」いつのまにか、イワエドの村をとりかこんでいる木柵の入り口は、もう目のまえだった。



「とにかく、ここからは憲兵隊カヴァレールと人買いに注意しろってことだ。それ以上、ユーは知らなくていい」


「なんだかなぁ。だけど、じゃあ、そのカヴァレールってのは何さ」


「憲兵。つまり国内軍だ。平時には治安維持にあたる」


「警察……みたいなもんか。じゃ、そのカヴァレールにもしオレが捕まったらどうなんの」


「まともな憲兵なら、それぞれの国の王都まで連れていくだろうな」


「……そ、そうなんだ。連行のあとは」


「よくて奴隷」


「なんだそれ。今とかわんねーじゃん。じゃ逆に、まともじゃない憲兵に捕まったら?」


「よくて屠殺」


「ええーーーー!」


「そして、呪具か薬品に、ってところだ。──どうだ。なぜ私がマントを貸したかが分かったか」


「……はい。すごく。でもさ。よくてソレって、それ以下があるってことなの」



「ああ。春の国に運ばれ使役魔獣のコアに……」


 ──そう言いかけてイリアは咳払いをした。


「……まぁ。そのうちわかるよ」


 そして彼女は、背後から近づいてきていた馬車の音に気がついて、道をあけるよう、タケシを街道の端へと寄せ、そっと彼のフードに口もとをよせて耳打ちをした。


「噂をすればカゲ。憲兵隊のお通りだ。いいか、耳のきこえないフリをするんだぞ」







 その目と鼻のさきを、わだちを踏んでホロつきの馬車と荷車がすぎてゆく。


 だがその様子がおかしい。


 駄馬のひく車の荷台には、雑に積まれた遺体の山があり、それらと同じ扱いなのか揃いの血濡れた青いローブなかでまだ息のある重甲冑の男がうめいている。タケシの顔はひきつったが、後をいく幌馬車ほろばしゃのなかで座している無傷の者らも、また同じ青いローブを身につけており、それこそがまごうことなき憲兵隊カヴァレールの制服であると、イリアの目配せがそう言っている。


 彼らの揺れるうつろな目と視線が合い、タケシは目をそむけた。


 イリアがつぶやいた。「──どうも穏やかじゃないな」


 荷車に載せられた憲兵カラビニの遺体と重傷者はどれも、右の腰から下半分を大木が薙いだように砕かれている。息がない者はまだましで、肩から上のない死体の切り口はまるで巨大な蹄鉄に挟まれたようだ。


 そして死せる者も、生ける者も、兜の房から全身と手甲まで粘液を浴びたようにぬめっており、その河岸を煮詰めたようなゲオスミン臭がタケシたちの居る道端まで漂ってくる。


 奇妙なのは、その粘液だけではない。


 息絶えた重鋼甲冑ヘビーアーマーの死体たちを土嚢のように使って荷台中央に、樽がひとつ、不自然に固定してある。


 樽のなかには、波うつ音がしている。


 だが、その中味はうかがいしれない。


 荷馬車は遠くなっていくまま、街道へと透明な粘液、そして薄まった血漿を点々と落としつつ、イワエドの村へ入っていく。



 イリアは言った。


「あれは、この夏の国の憲兵隊のようだが…… 荷車の死体を見たか」


 タケシはうなずく。


「あの前衛たち、どうも魔獣にやられたっぽいぞ」


「……魔獣?」


「ああ。重鋼甲冑ヘビーアーマーが、でっかい馬の蹄鉄に踏まれたみたいだったろ。──人間相手では、ああはなるまいよ」




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