11

 沈みつつあるバルディアの太陽が、膝丈ほどの石像を四つ、あかく染めている。


 そのまえで、イリアが片膝をついて祈っているが、かれこれ彼女はもう五分もそうしている。


 四つの像のその足もとには、川石が皿のように平たくうずまり、そのうえにシロツメグサのちいさな花束やパンの残渣ざんさが散らばっている。



「敬虔なんだな。イリアは」


 夕暮れ空を飛んでいくカラスの影や、かなたの山並みに目をやって、どこか自分の世界とも似ていはながらも、やはりどこかで微妙に違うこの景色を目にいれながら、ホームシックのような感傷をふりはらうように、タケシはそう言った。


「──そうでもないぞ」


 彼女は立ちあがり、着いた膝の砂ぼこりを払った。


「これはべつに信心からじゃないからな」


 イワエドの村は、木柵にかこまれ、すぐそこに見えている。









 フードを後ろに下げて歩きだすイリアは、朱みがかった金の髪を風にさらし、口もとのも外して外套のポケットにしまいこんだ。


 ここからは安全圏だと言うことだろうか。そう思うとタケシの心も軽くなった。


「信心じゃないって、どういうこと? あの石の像、きみたちの神様じゃないの?」


 イリアの横顔も、どこか柔和である。


「神様じゃないな。あれは四勇者しゆうしゃの像。ユーは知らないで手なんかあわせていたのか」


「うん。お地蔵さんみたいだったからな。こうしておかないと、なんか落ち着かない気になるんだよ」


 タケシは苦笑しながら言った。


「そうか。たしかに信心じゃないか」


 あれは、膝丈ほどのサイズと花崗岩の像、そして表面が風化している点では、地球世界の辻地蔵や観音像に似ているが、バルディアの四勇者なるその石像は、各人で背丈も異なり体型も衣服も違っていた痕跡が見てとれた。


 左はじはマントに杖を持ち、隣の戦士は斧を立て、中央の剣士は優男のように細身で、最後の右はじは、女性のような肩に丸みがある。






 イリアは歩きながら言う。


「四勇者像の手入れは、どこの村でも子どもの仕事なんだ」


「そっか。だから可愛い花束があったんだな」


「しかし、ただ子供の遊びってわけじゃやない。貴族や王侯も、どんな田舎だって集落に入るまえにはああして片膝を地につけ、四勇者には最敬礼をする」


 ユーも憶えておけと、イリアは言った。


「わかった。しかし、もし像に、その礼を欠いたらどうなるの? なんか罰でもあるの?」


「とくにないが、人としての待遇はその村で受けられないだろうな」


 村人はどこかで見ているものだ、とイリアは言った。


「素通りするのは野党が人攫ひとさらいかだからな」


 そいつは大変だと、タケシは頭を掻いた。


「四勇者か……。めんどくさいな。あ、そっか。だから神様じゃないんだ」


「そう言うことだ。どちらかと言えば、彼ら王族たちの祖先だ」


「王族?」


「うん。四つの国の、それぞれの王族たち……」


 

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