1-3

 そんな頭目のあせりのなか、外套マントの老人は、全てお見通しのように、


「──そこのアーチャー。気づかぬと思うたか。矢筒から手を離せ」


 赤鼻の男は、そろりと手を挙げる。



 そして老人は、三人へと予告をする。


「これよりワシは、マントの外へと左手をだす。よもや変な気をおこすでないぞ」



 そして外套のソデから、少女のような白い手を出し、


 その片手の、しなやかな指が、指鉄砲の印形をとり、5リーグ(5km)先に見える山の頂きを、じっくりと狙った。




 そして、


「そっちのデカいの、小僧を降ろすんだ」


 フードのなかのヒゲをうごかして、ボヤンスキーに促してから、


「さもなくば、こうだ」


 みじかく詠唱した。



「──グラビトン最大重力呪





 すると、指で差した彼方の山の頂上が、球体に空間全体を切り取ってゆがみ、内側へと回転しはじめた。内側にむけて巻いていったうずは凝縮しながら周囲のあらゆるものを、巻き込んで吸い込みながら球の中心に向かって全てを一点に圧縮し、超高圧、超高熱を発し、戦術核レベルの爆発をした。




 岩盤が一瞬にして蒸発する。ガラス粒子の土煙が白く煌めきながら入道雲のように立ち上り、キノコ雲をなしてゆく。



 頭目も目を剥き、アーチャーも、大男も、そしてその頭にかじりついていた少年も、あっけにとられ、口をぽかんとあけた。


 が、この一瞬前、たしかにその頂上付近は、星が最期を迎える瞬間のように、圧倒的な重力が発生していた


 頂上の先だけが、空間をゆがめ、ねじれた景色が中心にむかって渦を巻いて吸いこまれていく。


 虚無と化したその空間にむけ、周囲のあらゆるものは内側に向かって殺到し、ぶつかり合い、千分の一秒ほどの間に、万分の一ほどの空間へ殺到したあらゆる原子はぶつかりあって擦れあい、超高熱を発した。


 それは、あまりにも一瞬であって、あまりに大きく、そしてあまりに唐突すぎて、人の目にはとらえることができなかった。それでも空と地を打ちつけた球形の凝縮と、そのあとの反動は、衝撃として彼らに、追い討ちをかけた。


 それはまるで、凝縮した大地震で、恐怖を感じさせる間もなく、ほんの一瞬、たった一度の地響きで彼らを足もとから高く突き上げる。


 大気圧の激変は、まさしく土伏竜ドラゴンのごとき咆哮で、頭蓋と木立ちを根張りから爆心にむけいちど、引っ張りこんでおいてから、返す波で、外側へにむけ、巨大な手のひらで押し返す。


 気圧の急変動に昏倒しかけながら、彼らは手足を地につけ、首をすくめ、崖の木々共々、風の向くまま好き放題に揺さぶられた。


 空には、あちこちから飛びたった鳥たちの影が行きすぎて、天に向けてたちのぼっていくキノコ雲の傘が陽射しを遮り、あたりを夕暮れのように暗くした。




「──ッ」



 耳を塞いでいた頭目は、長剣を投げすて、大男にむけても、「おろせ、おろすんだ……!」手ぶりもおおきく、いそぎ少年を解放するよう命じ、


「爺さん、わるかった!」


 跳ぶように土下座して地に伏すが、


「このとおりだ! 非礼を赦してくれ! 命だけは、頼む!」


 当のマントの老人も、衝撃波をまともに受けて転んだか、地面にうつ伏せになっており、ズレたをなおしながら、手をつき、


「……わ、わかればいい。ともかくそいつを置いて、去れ」


 足元もおぼつかないまま、たちあがったもののふらつき、それでも余裕をかまそうとしては、よたついている。



 この体たらくを目にしてもなお、頭目は、戦意を完全に失っているようで、


「── だが、サーバルにこの小僧が襲われたって言うのはマジな話なんだ、オレたちはヤブをかきわけてこいつを助けだしたんだ」


 そう涙目で訴える。


 それは情けない仕草に思えるかもしれない。だが、はったりも泣き落としも、渡世に欠かせない交渉技術、生存技術である。そして親分の重要な役割である。


 大男も、少年を肩から丁寧に降ろし、立たせると、


 赤鼻も短弓の弦を下にだらりとさげ、マントの老人に言った。


「──親方が言ったことは本当なんだ。まぁ俺たちがサーバルの獲物をかっさらおうとしたのも、本当だが。どうか信じてやってくれないか」


 外套の老人は、無構え、というよりも、よろめいている。


「わ、わかった。し、信じよう」


 鼻効きのアーチャーは、口に拳を当て、小さく噴き出しながら、


「──で、あんたを腕利きの魔術師とみこんで頼むんだが。小僧をアンタに渡すかわりに、俺たちをイワエドまで送ってくれないか」


 そう言うと老人は、頭を揺さぶり、落ち着いてきたのか、


「──いいだろう。サーバルは引き受けた」


 そう言うと、少年を招き寄せ、思ったよりも高かった彼の背に、背伸びをする様子もみせながら、三人組には、


「何をしている。ほれ、さっさと行かんか」


 追い払うような仕草をみせた。




 頭目と鼻利きは、大男の背負い櫃と自分たちの背嚢ザックをかつぎ、大男は、その細い目をさらに細くして、少年に微笑むと、戦斧を一気にかつぎあげ、先行した彼らを追った。







「あの……、おじいさん」


 少年はたしかに、そう日本語で声をかけた。


 すると外套の老人は、


「え?」意外なほど若々しい女の声をだし、


「あなた、もしかして心が残っているの?」風の中、赤みがかった金色の髪をなびかせて、外套のフードをはずし、



 付けヒゲをつけたまま、彼の黒髪がそんなにも珍しいのか興奮気味にあちこち摘み上げ、美しいその青い目で、


「はっはー! これは思いがけない拾い物をしたかもだぞ」


 彼の黒い目を、嬉しそうにのぞきこんだ。




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