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「しかも、魔術師じゃないよ。魔道士まどうし


 耳からつるしたのヒモをはずし、その女は少年に言った。


 彼女は背格好からすると、彼と同い年か、それよりも年上にみえるが、青い瞳と赤みがかった豊かな金色の髪をフードのなかからあらわにし、かわりにつけひげを外套のポケットへとしまおうとした。


 


「あ? 付け髭これ? いや、おんなのこの一人旅っていうのはなにかとね。面倒がおおくてさ。変装よ変装。それよりユー、怪我はない?」


 そうきかれると、急にからだのあちこちが痛いような気がして少年は、手足をひっくりかえして擦り傷や、挫滅してまだ赤いアザの位置、そしてその程度をたしかめたが、


「うんまあ、このくらいなら。 大丈夫です」


 そう笑顔をみせた。そして衣服から、ほこりを払い落としているが、彼女が見るかぎり、その線画のイラストや文字の描かれた彼の半袖Tシャツは、異世界に特有なものであり、


 ──金になる。


 そう思った彼女は、マントのしたから水筒をだした。


「ぜんぜん大丈ダイジョーばないから。ちょっと手貸して」


 そして、少年の右前腕をぐるりととりかこんだ魔獣の歯形のうち、出血のある傷を中心にして念入りに洗った。


「きみね、たぶん魔獣におそわれたんだと思うけど、そのときのこと、おぼえていたりする?」


「……イテテ、いや、それが、まったく……」


 彼の頬が赤いのは、言うまでもないが、


「おぼえてないの?」


「はい…… すんません」


 じゃあ、もしかすると、と女は、右手の指を一本たてて、「転生して道端におっこちてたところを、サーバルがみつけたってところかな」


 そういいながら指の先を青く光らせて、彼の脚に、かかっている重力を変化する魔法、重力呪グラッボをかけた。


「──さて。ちょっとユー、足、あげてみてよ」



「へ? あれ! あがんないです、足! おもっ!」少年は、地面から根がはえたように離れない両足に戸惑っているが、



「よしよし。いいかんじに効いてるじゃないの。ちょっと荒療治になるけど、がまんしてよね」


 と彼女は、困惑する彼には構わず、いやむしろ楽しくなってきたかのように彼女は、少年の腕を取り、表面を洗い終えた剣歯虎獣サーバルタイガーの歯型そのままの切創に指を突っ込んだ。


「具ぎゃあああああああああーーーーーーおおおおおぅわああああああーーーーーー」


 激痛に腕を引っぱり取り返そうと少年はもがきはするが、マントの女のほうが力が強い。引いて引けぬ腕を、もう片手で掴んでも彼女にはまるで敵わない。


「このよわっちさ、間違いないな。ガハハ! きみ異世界人ね」


 しかも、少年には自分の両脚が左右、土嚢をくくりつけたように重い。


「いいい異世界!? ていうかああああ何してくれてんのマジで

痛えんですけどおおおお!!」


 逃げ出そうにも足があがらず彼は、叫んでもがき、マントの女が薬を指のうえに追加している隙に逃げだそうとするが、いつのまにか彼女は体勢をいれかえ、よくわからないコブラツイスト技で彼の全身を極め、


「わたしはね、重力魔法を使うの。足留めくらい!わけないんだよね!」


「そっちじゃねえええーーー!!」


 サーバルが藪にひきこんで行く際についた噛み傷を、指でほじくりかえして洗い終え、


「──これでよしと! しかし。あんがいと気絶しなかったね。ユー、根性あるじゃん」


 そう言いながら、指を立てて、


ディスグラッボ」


 と、脚の拘束を解いた。


 右の前腕をつかんで顔から倒れこんでいる彼は、それを苦悶にゆがめている。


「……もしかしてだけど、傷を洗ってたの、いまの」


 ひと息つくように、彼女は自分の手を洗い、「名前はあるの?」彼に聞いた。


「タケシ」不貞腐れたように、彼は道に座ったまま目を合わさず名乗った。


 少女は、マントのなかのバッグから膏薬入れの貝殻を取りだして、差しだした。


「おっけー。タケシ。わたしはイリア。これ、傷に塗って。野生魔獣の口のなかは瘴気だらけなの。水であらっただけじゃ無理なんだよ。このままだと腐れちゃう」


 タケシがその合わせ貝をひらくと、なかには濃緑色でほぼそれは黒と言ってもよさそうな練りヘドロが、ツン鼻をつく臭気をたてており、少年は顔をあげた。


「いや、これ…… なんですか」


「軟膏。毒消しの。回復魔法とまではいかないけど、魔獣の唾液にのった瘴気が血の巡りにのって傷を腐らせるのを防いでくれる。異世界にもあるんでしょ、そういうの」


 彼女は、軟膏がミツバチの巣でとれる刺激臭のある蜜と何種類かの薬用植物の汁とを煮詰めた毒消薬だと言うと、彼は「プロポリスか…… 抗菌薬みたいなもんかな」と、ゆびさきにちょい少量とそれを乗せ、自分の前腕を一周している咬傷の、表面だけにそれを塗りつけて、天をあおぎ、顔をゆがめた。


「しみるでしょ」


「……ぅぎはぁいぃィ!」


 だが彼女は、少年の両脚にかかる重力をふたたび操作して足留めし、


「それじゃダメなんだよな。もっと奥まで塗んなくちゃさ。 ──かしなさいな、わたしが塗ってあげるから」


 膏薬入れを奪い取り、ちからずくでまた彼女は今度は手四つから、ネコのようなしなやかさで足のきかない彼の背後バックを奪り、なんらかのやばい新・卍固め全身関節技をかけた。


 そして、悠々と、五本の指に薬を盛り、傷につっこんでいく。


「ちょ、これホン治療なあおあああああおおおおーーーー!」


 叫び声が、山間に響いた。




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