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「こいつは高く売れますかね、親方」


 息をはずませて駆けながら、鼻利きのアーチャーが言うが、


「そうさな、なうえに、こいつはだ、しかも男と来りゃあ金貨5枚はくだるめえ」


 戦斧より軽いとは言えど、駆けている大男の足どりに揺さぶられて意識がもどったのか、目を覚ました少年は、その背中でもがいて暴れだした。


 少年の年頃は、十四か十五か。叫び声をあげ、


「しかも喋れるとなると、ふふふ。こいつは金貨一〇枚。……いや、それ以上の値がつくかもしれ……」


 そう言いながら街道にとびだした頭目は着地の瞬間、両足に鉛のような重たさ感じ、長剣ごと砂利道に転倒した。







 抱いていた戦斧が、そのすぐ前方に重くおちて地面をえぐった。


 鼻利きの男も藪から跳びでた一歩先で倒れている頭目を「あわっ」っと、またいで、二歩目も跳んだかと思うと、これも今度は片足に重みがのったように二、三歩と片脚で跳ねたのちに、横っ面から地にころげ、砂ぼこりをあげて地に伏した。


 暴れ、叫び、首筋を引っかき、また噛みつき、縮れ髪をひっぱってやりたい放題の少年を担いだ大男は、仲間ふたりがころげている街道の様子に、森の木立のなかから慎重に顔をだし、左右をみて、歩みをすすめると、そうしてふたりが転げたすべての元凶であろうか。街道をでたところに立つ、小柄な外套マントの男に言った。


「やったのはおまえか」


 初夏の国だというのに、小柄な男は、冬の国の民の装束のまま獣皮の外套マントを頭からかぶり、フードのなかに、眼の色すらもみえないが、背丈だけでも自分の倍以上はあろうか目の前をふさぐ大男の問いに、ながい白髭をうごかして、年寄りをまねた子どものような奇妙なしわがれ声で言った。


「そういうおぬしらは、誘拐かどわかしか」


 頭目は、身もまだ重たげに鞘を杖にし、立ち上がり、マントの小男が外套のなかに隠しているのであろう武具を、盗賊の眼で


「とんでもねえ、オレたちは助けたんだぜ。サーバルのエサになりかけているこのガキをな」


 そう言いながら、長剣を抜きつけにできるよう、鞘の角度を肩に調整する。


「──爺さんも冒険者か。どうもここいらの身形ナリじゃねえようだが」


 その構えは、一見したところでは戦意のない無防備な態度だが、その気になればいつでも、鞘をかつぐ肩を支点にテコをきかせ、長剣を抜き打ちにできる構えでもある。


「まあな。寒がりなもんでのう」


 そう嘘ぶいている小男には、長剣のリーチを活かしても、まだ遠いと頭目は目測し、鼻利きに目配せをする。包囲するつもりである。


 マントの男は言った。


には、その小僧、助けをもとめているように見えるがな」


 鼻利きのアーチャーは、悟られぬように、左半身へと徐々にかまえを変えて、老人から死角にした右手でそろり、そろりと、矢筒へ指を這わせていく。


 それを見せまいとわざと頭目は胸を張り、


「そりゃあそうさ。この小僧、息を吹きかえしたばかりなんだ。どうせ自分の身に起きたことなんか承知しちゃいねえ。──だが爺さん、どうだろう。この森をぬけたとことに村がある。そこまで俺たちと一緒に行かねえか。ここでやりあっていちゃあ……。じきに戻ってくるサーバル様ご一行と仲良く鉢合わせだ」


 しているあいだにも、大男の肩のうえでは少年が暴れ、叫び続けている。が、マントの小男は、そこには構ってもいない。平然と尋ねた。



いくらだ」



 頭目は混乱した。


 ──いくらとは、小僧の値打ちか、それとも次のムラまで自分たちを護送する謝礼額か。頭目はあたまのなかで、その幾らなる言葉の意味するところを考えたが、



「わらわせんな!」大声をだした。「子連れの大サーバルだぞ。爺さんひとりで相手できるわけがねえ」


 だが、そう息をまいて威嚇する頭目の額には汗が、粒のように浮いている。


 それは、相手が外套マントのなかにある装備が、いまだに窺いしれないためだけではない。




 互いの手持ち武具で、相手までとどくのは、赤鼻の短弓だけ。


 自分の長剣の間合いには、爺は入りこもうとしないだろう。


 ボヤンスキーの戦斧は、両者の中間に転げている。


 この一見して完全不利な状況で外套マントの男は、無構えのままいる。





 ──装備はなんだ……。 頭目は焦れてきた。


 こうするあいだにも剣歯虎獣サーバルタイガーが戻りかねない。


 この小男が何者であれ、外套のしたに、どんな自慢の得物をかくし持つのであれ、そうなれば、この狭い崖ぎわの道である。四人がかりにしたとて魔物たちの包囲にはかなわない。それらの歯牙は瞬く間に自分たちを肉の塊へと変える。


「──ずいぶんな余裕じゃないか」


「まあのう。だてに歳はくっとらん」


 そのうえに、目下対峙するこの暑苦しい外套マントの爺いは、あるいは、その下に、何も武器をたずさえていない可能性がある。


 それはつまるところ、彼らにとって最悪の事態を意味する。


 そう。


 ──マントの男は、魔道士かもしれない。






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