第一話 出会い

1

 街道わきの木立のなかに、キビタキの鳴き声がしている。


 この森をぬけて次の村にでるまでは、夏の国の市城都市につづくこの街道でも、ここだけは崖際の山岳地帯を行かねばならない。


 傍目には穏やかなこの森の小径だが、今日はなにやら、森のなかで鳥の鳴き声がかしましくあって、不穏な感じもある。それに微かにだが、えたようなにおいが風にのってくる。はたして一歩踏み込んだ森のなかには、木々をゆらして古木のようなものが、その大きなをゆすりながら、一歩、また一歩と四つ足で、森のなかに何かを引きずりこんでいる音がしている。


 おおかた腹をすかせた魔獣が、待ち伏せて、旅人を襲ったのであろう。


 森の木々をゆらして歩む、その四つ足をした黒い縦じま模様のある緑色の巨体は、笹のヤブのなかに獲物をそっと、隠し終えると、森をツメでかきわけ、さらに奥にある巣にむけて去っていった。








 イワエドの村まではあと十リーグといったところだろうか。


 街道をくだってくる革の胴巻きに短弓を持つ半裸の男が、そのえた残り香に気づいたようで、頭目格の風体の男に言った。


「──の匂いがしやす。こいつは剣歯虎サーバルですぜ、親方」


 その男の赤い鼻は、利くらしい。高くかかげた鼻に、いそがしく空気をだしいれしている。


 その様子に頭目は、念のため、周囲に目を配りながら、肩にかついだ長剣の長鞘をからだ前面へとまわし、腰を落として、耳を澄ました。枝葉のあいだを風がぬけていく擦れあうような音のなか、それ以外の動きを、こちらは耳でさぐっている。


 その頭目の背中に、そっと貼りつくように、背負った戦斧を両手持ちにかえた大男が寄り添い、頭目の死角をカバーする。


 だが、鼻利きの男は、短弓に矢をつがえたまま頭目に言った。


「……どうも、先ほどまでここに居た。そんな様子ですぜ」


 すると、「おう?」と、戦斧の大男が糸のように細い目をさらにほそめて、街道のさきに、道を横ぎってなにかをひきずった跡をみつけた。


 頭目も、その大男の視線を目で追って道をなぞると、街道を往来した馬車や人の足が踏み固めた土の道もわだちを横切るまだ新しげな引きずり跡に気がついたようで、


「はは! でかしたな、ボヤンスキー!」


 と、長剣を肩の鞘に戻して駆け出した。






 子育て中の剣歯虎獣サーバルタイガーには、獲物を藪や樹上に隠し、巣から子を連れ戻ったうえで玉食にありつく習性がある。


「よし! おまえら、急いでさがせ! おおかたモノを知らねえ旅人か、冒険者が襲われたんだろう」


 ヤブ笹や、潅木の根本をかきわけ、屍体をさがす彼ら三人組のいでたちは、傭兵とも盗賊ともとれるな装備で、それはどこの戦場で拾いあげ、あるいは追い剥ぎ、彼らなりに合わせてきたものか、頭目であっても左右そろいの小手すらしておらず、半裸の男にいたっては革胴を素肌のままに巻い、下衣に脛当てという軽装である。


 ボヤンスキーとよばれた大男は、戦仕事いくさばたらきのおりにはひらくのであろう甲冑をいれた背負いの具足櫃ぐそくびつは道端に置いたまま、それでもかさばる戦斧だけは背負い紐で袈裟がけにし、あけた両手で額の汗をふきながら、藪をどけ、屍と、それがまだ身につけているであろう装備や道具をさがしている。かれらは必死であるが、無理もない。


 ここのところの戦日照いくさひでりりは、旅暮らしの彼らの首を真綿で絞めあげるがごとく、日一日と苦しいものにしていく。





 百年戦乱のつづくこの中有の地バルディアでは、耕作や牧畜に適さない極地にうまれた者には、祖父の代から盗賊になるか傭兵になるかのそのふたつ道しかない。


 立身出世の糸口をつかもうと、青雲の志に村をでた彼らは、いくさからいくさへと渡りあるき、そのいくさからあぶれた間は、村同士の諍いの助っ人や、村を困らす追い剥ぎや、盗っ人を、さらには人さらい、はては魔獣をも追って討ったり追い出したりと調伏し、それすらにもありつけない場合には、自分が追い剥ぎ、盗み、人さらいをし、何としてでも食いつなぐ。


 つまり、傭兵と賊そして冒険者の、それらにある境目はあいまいで、母の乳のあとは、父がそうであったように拾い集めた武具で武装して、幼馴染や朋友と徒党をくみ、そうして稼ぐ金や乱取り品で口に糊してきた彼らである。ほかに術を知らないのだから、いたって仕事ぶりは真面目である。







 戦斧を背にかつぎ大男が、芋虫のようにちいさく身をこごめ、そうまでして苦心した甲斐あってか、ついに彼は、ヤブ笹の茎にわずかな血痕のかすれを見つけた。


 藪笹をかきわけて、ふたりが駆けつけると、その先には、山行きの民にも、あるいは旅人にも、そして冒険者にもみえぬ、半袖の薄い黒肌着シャツだけを身につけた奇妙な少年が、死んだように伏していた。


 赤鼻の男が、弓の弦輪の先で、その少年をつついたが、反応はない。


 そのまま男は、耳を少年の口元によせたが、


「こいつ、まだ息がありますぜ」


 見上げて、そう言うと、面白くなってきたようにアゴ髭に手をあてがい、頭目は、


「間違いねえ、こいつはアレだ。俺たちにもツキまわってきたようだぜ」


 ぞろりと無精髭を撫でた。



 戦斧を受けとると、大男の背中にまだ息のある少年をかつがせて、頭目は、


「おいトズラン、袋を寄越せ! 急いでずらかるぞ。サーバルが戻らねえうちにな!」


 と、頭陀袋の中からありったけの干し肉を掴んでバラまいて、ヤブ笹を長剣の鞘で押しひらき街道にむけて足を急がせた。



 少年の、異形のみなりからして、おそらくこれはである。


 ときに人売りもする〝冒険者〟の彼らである。見当はついた。





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