1-6 金なし、ツレなし、ロマンなし

 イリアは、あぐらで座ったまま、外套の中で腕を組んだ。


「ユーはよく笑うから、友達がいないようには見えないけど……それが本当なら、わたしと一緒だな」


 タケシは振り向いて笑った。

 

「……ありがと。きみこそ可愛いし、そうは見えないけどな」


 イリアは微笑む。


「そもそも、わたしの村にはもう同年代がいないからな。ユーこそ何でだ。学校はあるんだろ、そっちの世界にも」



「ん? まあね。でもおれ、中学でてから飛び級で工科大学いっちゃったからさ」


 周りは大人ばかりになって、話が合うようになったのは嬉しかった。でも、研究室ラボの人間関係は所詮、仕事づきあいに似ている。友達という間柄ではない。


「おれは……ロボットバカだからさ。同年代とは逆に話が合わないし、大人の研究仲間も、やっぱどっかよそよそしいし」


 タケシはそう言うが、イリアは首を傾げた。


「じゃあ、なんで飛び級なんかしたんだ。ていうかタケシ、おまえそのナントカバカなのに頭いいのか」


 タケシは背中を向けたまま、ズボンのポケットから紙片を取り出して見せた。


 イリアは受け取ると、その紙片へと目を通した。


「なんだ、この絵。線がいっぱいで可愛くないけど、人形か?」


 タケシは手枕のまま言う。


「ロボット、さ。人に代わって重いものを持ち上げたり、運んだり組み立てたり。そんでおれの頭の中じゃ、戦ったりする」


 イリアは、紙片に目を落としながら呟いた。


使役魔獣しえきまじゅうみたいなものか。じゃあユーは、これを錬成できるのか」


 タケシは手枕の首を振る。


「……まだ研究中。作ろうとして日々苦闘してる。ってのが現状かな」


 研究室ラボでは、乗り込み型の歩行ロボットを研究していた。


「でも動力の問題で頓挫してね」


 体高三メートル強のロボットの四肢を動かすアクチュエーターが、油圧だと遅く、空気圧だとパワーが足りない。


「かと言って、サーボモーターじゃ大型化には排熱と電池の問題があってさ。……って、こんな話してもしょうがないよね」


 背中越しにタケシは紙片を受け取り、ポケットにねじ込んだ。


「……それよりも、この世界、おれの他にも転生者はいるのかい」


 イリアは頷いた。


「いる」


「何人もかい」


「地上じゃ年に十回はあるかな。でもほとんどが心を……」


 言いかけているイリアに、タケシは、顔をあげた。そして腫れた目をぬぐい、ふりむいて言った。


「十人って、そんなにもか。じゃあ…… その人たち、元の世界に帰れたりしてる?」


 イリアは、視線をそらした。


「……そっか」


 タケシも、俯く。


「じゃあ、ロボ作りの夢も、コールドゲームだな」


 

 同情なのか、イリアが伏せた目を上目遣いにした。


「気の毒に思う。家族もいるんだろ」


 タケシは微笑み、かぶりをふった。


「いや、いない。ひとりぼっちだ」


 イリアは、少し微笑んだ。


「なら、そこもわたしと同じだな」


 そう言うイリアに、彼も上目遣いで目をあわせ、タケシは口角を小さく上げた。


「ともだちに、なれそうじゃん」


 イリアは笑った。


「心配するな。もう友だちだぞ」


 タケシは、照れるように鼻を掻き、それでもまだ未練は募るように、空を見る。


「……」


 イリアも、同じ空を見て微笑む。そしてタケシとそうしているうちに、彼女の後ろ手がコッソリとパスケースをバッグにしまいこんだ。


「けれど、タケシ。母さんは言ってたぞ。転生者はバルディアで生きているうちに幸せを見つけたら、魂になってからきっと鳥になって元の世界に戻るって」


 タケシは、少し考えて、腕を組む。


「……それって、死んだらってことじゃね?」


 イリアは、まあそう言うなと、苦笑した。


「だが、早まらないほうがいい。まずは幸せを見つけろ。誰にもその時は来る」




 タケシも微笑み、また空を見た。

 なぜだか、この先に元の世界があるような気がする。


「でも。良いこと聞いた。そんなにも転生者があるんだったら、あんがいもう同窓会とか、県人会みたいなものがあったりしそうじゃん」


 そう言ってタケシは、ハンカチをポケットに捩じ込む。


「──あ、これ、ほんとにもらっちゃって、いいの?」


 イリアは頷く。


「いいぞ。返してもらったところで汚いからな」


「き、きたないって……」


 タケシは急ぎ、ズボンの尻に手を擦り付けて、その手を握手に差し出した。


「とりあえずはまあ、旅の仲間ってことで。よろしく。おれはタケシ……タケ、ええと、なんだっけ、まあいいか。苗字は忘れちゃった」


 

 イリアは、その手を握る。


「仲間じゃない。奴隷だぞ。こっちはイリア・ミリアス。冬の国の凍れる山脈からやって来た」


 その街道でお互い、あぐらをかき、握手をしているものの、タケシの顔色が優れない。


「……いや、ドレイって…… きみ、さっきの、冗談じゃなかったの?」


 

 その問いにイリアは一瞥くれ、立ち上がり、外套の尻から砂を落とす。


「だって、ユーを三人組かをぶん獲ったのは、このわたしだろ? だったらその時点でユーはわたしのものじゃないか。行くぞ。さっさと立てタケシ」


「なんで?!」


 タケシは、地面に諸手をついて跳び上がり、イワエド村に足を向けたイリアを追う。


「なんでだよ! 奴隷て、なんだよ! なんか異世界転生した人ってもっとこう、キラキラしていくもんじゃないの!?」


 しかし彼女は呵呵かかと笑う。振り向き、無邪気な笑顔で言う。


「だまれ奴隷」


「ど、って、だからそれ! 本気の発言?! ってさっき言ったじゃん!」


 その奥に別の考えがあるとは思えないほど、屈託ないイリアは微笑で頷く。


「それはそれ、これはこれだ! いいから、さっさとわたしの後ろに付け。知らんのか。まずは奴隷の作法から教えなくちゃならないな。はーこりゃ大変だぞ」


「あらまあ!そうなの! こえー、こえーな、こわすぎ! すうっげーこえーよ! この異世界!」


「じゃあ別々にいくか? ミハラで合流してもいいぞ」


 タケシは足もとの石を蹴り、彼女の一歩あとを歩みながら、毒づいた。


「……それは、ヤダ。でもなんかさ、なんかちげーんだよな読んでたやつと!」


 手を後ろに組んで歩く。


「……マジろまんない。ヒロインは鬼畜だし。おまけにPASMO泥棒だし」


「なんか言った?」


「なんでもねぇっすよ」






 だが、その時──。


 二人の背後、迫り出した森の暗がりには、道幅を超えるような巨大な影が沈黙を保っていた。


 まるで、彼らを見張るように──。


 しかし、タケシもイリアも、それに気づくことなく、ゆるやかな上り坂の街道を歩き続ける。


 そして、次の瞬間。


 ざわり…… と、森が揺れた。


 タケシは足を止め、背後に目をやる。


 その縦縞の影は、森と一体化して── まだ動かない。


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