第3話 よく動き、よく寝るスライム
翌日。空は綺麗に晴れ渡った。
火山から上がる煙もいつもより少なめで視界良好な乾いた大地に強い風が吹く。何故今日に限って。
「ドルチェ、もう少し先の湖まで行っても大丈夫そう」
「お前、本当に話してんのかよ」
「なんとなく」
少し先で竜に話しかけるタリアテッレの姿は気にしないことにした。俺の跨る騎竜は先を進むタリアテッレの竜に勝手についていくものだから楽には楽だが、普段使わない筋肉を使うものだから明日は筋肉痛間違いない。
「仕事、上手くいってないの?」
「ああ。何度スライムを作っても、外に出せば動かなくなる。魔素がなければ駄目らしい」
「こいつらが湖が綺麗だっていうんだ」
話がぜんぜん繋がっていないが、それもまあいつものことである。道中野良の竜が襲いかかって来るので戦々恐々としていたが、さすが軍の竜なのかタリアテッレの手腕か簡単に倒して先を進むので、危険だと止めようがない。
ふと見上げれば巨大な龍が優雅に空を舞う。マルセスは龍は人と協定を結んでいるから襲ってこないと言っていたが、その巨大な影の下に入る度に生きた心地がしない。気分転換と恐怖体験は似て非なるものだ。
「そういやお前は日がな一日、何やってるわけ?」
滞在はすでに半月になるが、タリアテッレは俺が起きるより早く毎日出かけている。
「俺? 俺は竜舎で働いてるんだよ」
「何だって?」
「竜の世話してるんだ。竜に乗り放題なんだよ」
「冒険者から飼育員に転職したらどうだ?」
タリアテッレが安定した職を得れば俺は村に帰れる……気はするけれど安心できる気もしないな。
気がつけばかなりの高い標高まで登り、眼下にはカレルギアの街を見下ろせた。城壁都市というのはそこそこにあるが、やはりここまで巨大な城壁をしつらえるというのも滅多にない。まぁちょっとだけ、来てよかったかも。
「こっちだよ」
タリアテッレの声に答えるまもなく跨る騎竜が坂道を登り、着いた所はそこそこの大きさの湖だった。特に綺麗でもなくどことなく濁っている。生物は住んではいなさそうだ。おそらく噴火で出来た穴に水が溜まったんだろう。
「ここが目的地?」
「そうそう」
「何か変だな」
竜を降りれば違和感に気がついた。竜が水を飲んでいるので大丈夫だろうと手を触れれば、随分久しぶりな感覚が立ち上る。
「魔素……? なんで魔素がこんなところに」
「えっ? ここに魔素があるの?」
よくよく観察すれば湖の底のほうから強い魔力を感じる。そういえばこの火山から溢れた魔素が空気中にまざってるんだっけな。
試しに小さな核を水辺に放り込み、呪文を唱えれば確かに水面の中でスライムを召喚できた。けれども水から持ち上げれば、溶けるように水とともに湖に帰る。
「うまくいかない?」
「ああ。でもヒントになった」
火山を降りてすぐ研究室に急ぐ。
「マルセスさん、魔素の薄いところに移すから、スライムは崩れるんです」
「そんなことは既にわかっているよ」
「だから魔素の塊である魔石で箱型の容器を作ってその中に入れれば、空気中でもスライムが生存できるかもしれません」
機甲に用いる魔石は魔力が高純度に固まったもので、この開発部でも研究対象となっている。これまで魔石はそのまま燃料として使用していた。だから魔石を加工するという発想がなかった。マルセスは腕を組む。
「魔石を……箱型に? かなり大きな魔石が必要だな」
「魔石を四角く削り出してブロックのように囲うのはどうでしょう」
「ふむ、それなら可能かもしれない」
そして蓋の部分が取り外しが可能な箱が、翌々日には用意されていた。その容器のなかでスライムを召喚すれば、とうとうまともなスライムが現れた。蓋の縁、つまり魔石に覆われている部分からぷるぷると外に出ればやはり崩れてしまうがそれは今後の課題だろう。
「よし、あとはこのスライムを加工したいのだが……」
加工技術の記録ではスライムの一部を分離する瞬間に固化の魔法をかけるそうだ。固化の魔法は戦闘では敵の動きを短時間止めるものだ。俺は得意じゃないからほんの一瞬止められるくらいだが。
試したが上手くいかなかった。
スライムの核を左端によせて右端部を切断する。けれどもその部分を固化しようとしてもぷるぷると震えてうまく固まらない。
「固化というのは難しい魔法なのか?」
「本来は比較的簡単です。例えばゴブリンなんかを止めようとする時には、そのおおよその体の形を把握して、目視でもいいんですが周囲の魔素で固定するイメージでしょうか。けれどもスライムは小さな隙間があれば漏れますから」
ふるふると自由に蠕動するものだから形自体の把握が困難だし、少しでも隙間があればそこからにゅるりと広がり固化、つまり封じ込めができない。召喚した手前、ある程度動きの制御は可能だが、この蠕動はスライムの食餌本能だ。
「空間把握が得意な魔法使いいなら上手くいくかもしれませんが、そもそも魔素が薄いのでわかりません」
「困ったな。この国には魔法使いはいないに等しい。ドルチェさんみたいにこの街まで来てくれる魔法使いも少ないんだよ。外から招聘するにはある程度製品化の見込みと有用性がなければ通らない」
目的のスライム剤とやらが果たして本当にできるのか、そこは確かに不透明で、長期的な研究が必要だろう。ここは基本的に魔法はまだ使えない地で、魔法使いは来るのを嫌がる。魔法で身を守ることは困難だし、俺もとんぼ返りしようとした。
その時唐突に研究室のドアがノックされ、返事をする前に扉が開かれた。
「タリアテッレ、ノックするなら返事があるまで待てといつもいってるだろ」
「ごめん」
「それで何の用だ」
「いや、竜がドルチェが困ってそうだから行ってみたらっていうから」
……ここの竜はエスパーか。
「困ってるといえば困ってるよ」
今もスライムはぷるぷると容器からはみ出そうとして、はみ出した隙間から水に戻っている。蓋をすれば生存はするのだが、この蠕動自体はスライムの本能だから、やはり如何ともし難い。
「スライムが動かないようになればいいんだが、殺せばまた水に戻るんだよな」
スライムはその核で動いているわけで、核を破壊すれば死んで水に戻る。
「動かないようにすればいいんじゃない?」
「それが出来たら苦労しねえ」
タリアテッレは突然スライムに手を突っ込もうとしたものだから、スパンと頭をはたいた。
「考えなしに触るなっていつも言ってるだろ」
普通の水で作っているから問題ないものの、昨日までのような酸性の強い液体でつくれば手が溶けるところだ。
「だって仲良くなれそうだと思ったから」
スライムと、仲良く……? 目の前のスライムはもぞもぞと揺れているが、知能があるようにも思えない。けれども俺は竜と仲良くなれるとは思っていなかった。タリアテッレならスライムと仲良くなれるものなのか? 頭の程度が似たようなものだろうか。
「ちょっとだけだぞ」
「ドルチェさん、危険ではありませんか」
「これは水で作っているので、水が物を溶かすスピードが少し早くなる程度です」
「え、それってヤバいんじゃ」
「だからなんでも触るなって言ってるだろ」
タリアテッレはそれでもゆっくりと手を伸ばし、眠い眠いと呟きながらスライムに触れれば恐るべきことにスライムが静かになった。
「タリアテッレ、お前何やった」
「スライムを寝かせた」
スライムって寝るのか……? 今のうちと思ってスライムの端っこを切り取ると同時に固化の呪文をかければ、動かない状態がキープされた。3分程だけ。
「固化、通りましたね……」
「これを加工できるのだろうか」
薄く引き伸ばして被膜のように使うらしいが、流石にそこまでいくと専門的すぎるだろう。ともあれ製品化の可能性ぐらいは示せた。俺の役目はここまでだ。
軍部からたっぷりと成功報酬を頂き、タリアテッレが報酬として一番仲が良かった騎竜を貰った。竜車に乗る運賃は一人分減ったが、来たときとは別の国境の街キーレフについたとき一悶着があった。竜が国境を超えるのを拒否したのだ。どうも魔素が薄いところで暮らしていたせいか、魔素の濃い隣の領域に行くのを随分嫌がった。結局軍部への返却を依頼しタリアテッレは泣く泣くそれを見送った。
「せっかく仲良くなったのに」
「生態系が違うから仕方がないさ。お前も空気の薄いとこに引っ越すと困るだろ」
「……まあね。でもせっかく貰ったのになぁ」
タリアテッレは酷く残念そうに肩を落とした。それほど、というか御者がドンびく程度には仲良くなっていた。けれども俺には魔法の言葉がある。
「次に向かうエスターライヒには魔王がいたらしいぞ」
案の定、タリアテッレの表情は明るくなった。
「今もいるのかな」
「それはわからんが、平和的な魔王だったらしいから喧嘩はするなよ」
「平和な魔王? それは魔王なの?」
「知らん。世の中にはいろんなのがいるからな」
Fin
なかまになりたそうにこちらをみていない ~ドルチェとタリアテッレのすべらない話 Tempp @ぷかぷか @Tempp
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます