第2話 瓶の中の小さなスライム
「ドルチェ、すげぇぞ! 見ろ! 龍が飛んでる!」
「はいはいわかった。何度も言わなくても見えるって」
カレルギアの街の近くで煙を上げる火山の山頂付近には、何頭かの龍が飛んでいた。タリアテッレは昔から龍とか魔王とか勇者とか、物語に出そうなものが好きなのだ。
「何度も言うが、俺は今魔法が使えないんだからな。空を飛ぶやつに襲われたらひとたまりもないんだぞ」
「登ったりしないって。俺にはこいつがいるし」
タリアテッレが御者に頼んで跨った竜の頭を撫でればクェと鳴いた。短い旅程の中なのに、タリアテッレは車を引く2頭の竜と随分仲良くなっていた。こいつは動物に好かれる。まさか爬虫類にも好かれるとは思わなかった。
「こっち連れてくんなよ」
「だって可愛いよ」
「可愛くない、全然可愛くない」
タリアテッレのまたがる竜はトカゲの延長だが、魔法で空を飛ぶ龍には高い知能があるらしい。けれど、タリアテッレにはそんな差はどうでもいいのだろな。そう思って晴れ渡る空を見上げる。この国には爬虫類しかいないのか。
辿り着いたカレルギアは高さ10メートルはある外壁に周囲をぐるりと囲まれていて、度肝を抜かれた。こんなにでかい壁なんぞ、巨人のいる領域依頼だ。そこは比較すべき住人がでかい巨人だったから、人のサイズと比べれば比率的にさらに大きく感じる。
「壁がこんなに高いのは飛竜対策なんですよ」
「とんでもねえな」
御者の答えにドンびく。まさかトカゲが飛ぶとは。
しかしこれこそが気ままな旅の真骨頂だ。そう気を取り直していると、竜車は長々と入場列にならび、周りの竜に触りまくるタリアテッレを無視しながら随分と待って漸く街の中に入る。街の中でも驚きは続き、至るところにもうもうと煙が吹き上がっていた。この国は魔法のかわりにモンスターの体内から取り出した魔石を燃料にした機甲というものが発達しているらしく、この煙はそれを作っているんだとか。思えば街全体が少し埃っぽい。
その日は宿で一泊し、ざりざりとした朝飯を食って漸く丘の上にたたずむ城に登城し、案内されたのは雑駁な空気感のある工房だった。
「第一機甲師団兵装開発部三課長、マルセス・オルトガだ。ゴドレフの冒険者ギルドから連絡を受けたが、スライムを捕獲できるとか?」
依頼者と名乗るのは中肉中背、三十過ぎの体格がよい茶髪の男だ。軍部ということに少々戦いたが、冒険者をやっていれば軍の露払いに依頼を受けることもなくはないかと気を取り直す。
「捕獲とは少し違いますが、スライムを召喚できます」
「召喚……?」
マルセスはそう呟いて顎を撫でた。魔法がない土地だ。魔法使いよりさらにニッチな召喚士は軍部と言えども馴染みがないのだろう。
「召喚というのは様々な生き物を調教なり契約なりしてその力を借りるんです。魔法がない国には霊媒といえば通じることもあるんですが」
「霊。ゴーストの類か。そいつらはこの辺りではいの一番に存在できないものだな」
幽霊が何をエネルギーに活動しているかなんて考えたことはなかったが、空気中の魔素がないと生きられないんだろうか。幽霊が生きる? 新しい概念だな。
ともあれ百聞は一見にしかずだ。
「そのままやると失敗しました。魔素を閉じ込められる容器はありますか」
「魔素はわからないが、高密度で空気を密閉するものを用意しよう」
マルセスが運ばせたのは、大小のジャムの瓶だった。魔素ってガラスを通らないのかな。改めて考えればよくわからん。
ともあれ俺の多少の魔力と水と核となる欠片をいれて密閉し召喚を試みれば、ゴルドフとは異なりぷくりと盛り上がって瓶の中でぷるぷると動き始める。
「思ってたんと違う」
「え?」
「スライムってのはこの世界で始めてみたが、もっと可愛いものだと思ってた。本物はアメーバみたいなんだな」
「アメーバ?」
スライムは意思ある流動体だ。可愛いと思ったことはないが、世の中にはスライムマニアというものもいるようだから、好き好きだろう。
「形態は色々ですね。もっと粘度の高い液体をベースにすればより丸くなりますし、色の付いた液体で作ればその色になります」
「なるほど、けれどもこいつを使うには……瓶から出さないと駄目だよなあ」
蓋を開ければ急にぷしゅうとしぼみ、水に戻った。俺の魔力が抜けたんだろうか。
「スライムで何をするんです?」
「何、というわけでもないが、千年近く前にこの地に普通に魔素があった時代の文献に頻繁にスライム剤という言葉が出てきてな。今魔素が増えつつあるから、当時の技術を研究したいんだよ」
スライム剤。聞いたことはない。剤ということは薬かなにかの材料なんだろうか。
「スライムを加工するんですか?」
「ああ。薄く伸ばしたり様々な形や強度を付与して用いる汎用的な素材として使用していたようだ。布状にして口を縛って柔らかい容器にしたりとかね」
振り返れば、俺はスライムを流体としか考えていなかったが、個体として用いるならば使い勝手は良いのかな。個体として?
「もしよければしばらく研究に協力してもらえないか? 日当と成果に応じて報酬を出そう」
「金額次第です」
結局のところ日当はタリアテッレを食わせるのに十分余りある金額で、しかも軍部の寮を借受けられて食堂も使える。つまり次の旅銀を貯めるのに都合がいい。兵装開発部というのは武器や防具といったものを開発する部署で、魔石の扱いや機甲技術からも得るものも大きいだろう。
そんなわけで日々研究室に通ってマルセスと一緒にあーでもないこーでもないと様々な液体からスライムを作り出し、タリアテッレはやることがないから軍属の騎竜を一頭借り受けて仲良くなり、この間は一緒に火山の中腹まで行ってきたというのを聞き流した。危ないと言っても聞かないのだ。
研究は暗礁に乗り上げた。というよりもともと乗り上げていた。様々な条件でスライムを召喚しても瓶から出すと元の水と核に戻る。
「ドルチェ。一緒に山登んない?」
「登らん。前から言ってるだろ。なんでわざわざ龍のいる火山なんぞ登んないといけないんだよ」
「楽しいよ。岩が降ってきて出来た湖とかあるんだって」
「また降ってきたらどうすんだよ」
「もう煙しか出ないって聞いた」
駄目だ。タリアテッレを説得するのが面倒くさい。なんだかイライラしている。行き詰まっているのは確かだ。気分転換はいいかもしれない。
「じゃあもう1頭竜借りとくから」
「はぁ? 俺は乗らないぞ! おいちょっと待て」
気づけばタリアテッレは竜舎の方に走り出していて、俺はますますため息を付いた。
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