なかまになりたそうにこちらをみていない ~ドルチェとタリアテッレのすべらない話

Tempp @ぷかぷか

第1話 珍しくもない珍しいスライム

「なあドルチェ、スライムが金になるんだってよ!」

「はぁ?」

 宿の部屋にタリアテッレが飛び込んで来るのはいつものことだ。そしてこの少々頭の足りない男が頓狂なことを口走るのもいつものことだ。召喚士の俺と戦士のタリアテッレは幼馴染で、タリアテッレが冒険者になるんだと言って村を飛び出したのが心配で仕方なくついて行ってからこの方、今では一緒に当て所なくフラフラと世界を彷徨っている。

「スライムが金になるはずがないだろ馬鹿。また騙されたか」

「いやほんとだって。ギルドで聞いてきたんだよ。捕まえると一攫千金なんだって」

 タリアテッレはいつも酒場で馬鹿みたいな詐欺に騙されるのだが、まさか出どころがギルド?

 冒険者ギルドは各地をうろつく破落戸ごろつきたる無頼の徒冒険者にほそぼそと仕事と金子を与え、盗賊化することを防ぐ公共施設だ。かくいう俺たちも冒険者としてその名前と職業を登録し、身分証明としている。そういった信用商売なものだから、ギルドは普通、嘘をつかない。

 タリアテッレに聞いてみてもスライムが金になる以上の情報を持ち合わせていなかったので、翌日ギルドに向かったところ、受付嬢は妙に色気たっぷりにこう答えた。


「スライム依頼のこと? 本当よ?」

「あんなもの、どこにでもいるだろ」

 そう告げれば、受付嬢はキョトンと首を傾げる。そのことに困惑する。

 スライムというものは汚水なんかが貯まれば核となる物質を基礎として動き始め、勝手に近くのものを捕食し始める。

 このゴドレフは国境の街で、ギルドの規模も大きい。受付嬢がこんな基礎的なことを知らないはずがない。そう思っていると、受付嬢はああ、とうなずき説明を始めた。

「あなたたち、国境を超えたばかりなのね。このカレルギアでは少し前までスライムはいなかったのよ」

「スライムがいない?」

 油断すれば一般民家の配管からも溢れてくるのに?

「そう。この国では少し前まで魔素がほとんどなくてね。だからスライムなんかは生存できなかったのよ」

 というか俺たちはその情報を聞いて、物見遊山でこの地を訪れたことを思い出す。

 もともとこの地は大気中に魔法を維持するための魔素がなく、魔法を使えば拡散霧散してしまうという、魔法使いの天敵の土地だった。けれども近年巨大火山が爆発し、そのマグマ溜りとともに火山に溜まった魔素が噴出したため、少しだけ魔法が使える場所になったのだと。その山は未だ遥か彼方だが、今も黒煙をもうもうと吐きあげている。

 噂に期待して来たはいいが予想より格段に魔素は少なく、つまり俺、というか魔法使いの類いはこの土地では使い物にならない。俺が契約している魔物の中でこの魔素量で呼び出せそうなのは最も弱いスライムくらいだ。


「スライムならすぐに呼び出せるよ」

「呼び出せるって?」

 受付嬢は不思議そうな顔を浮かべる。

「俺は召喚士だからな。やってみようか」

 どうやらこの国には魔法使いという存在がいないらしい。魔法使いがいないくらいなのだから、知名度の低い召喚士などますます存在しないだろう。けれどスライムは知能はほとんど無く、材料があるぞと核を揺らせば発生する。だから発動呪文も実に簡単。

『スライム出ろ』

 冒険者ギルドのカウンターの上に核を置いてそう呟き、水筒の水を垂らせば、水は一瞬むわりと膨らみ、そしてペシャリとひしゃげてただの染みになった。

「へぇ。水が勝手に膨らむなんて! これが魔法ってやつなのね。こんなに近くで見るのは初めてよ」

 受付嬢は目を丸くした。こんな簡単な魔法で驚かれるのはなんだか小馬鹿にされている気もするが、実際は失敗しているから何も言えない。

「おかしいな? 召喚に成功した感触はあるんだが」

「ああ。魔素が少なすぎて体を維持できないのよ。だからこの国でスライムを捕まえるのって土台無理なのよね。いないんだから。そんなわけで高額報酬が出るってわけ」

 受付嬢は肩を竦めた。生存し得ないものをどうやって捕まえろっていうんだ?

「これがこの地特有の現象ってやつか」

「ねえ冒険者さん、今のって成功してればスライムが出来てたの?」

「そうだな。普通はできる、はずだ」

 少々自信が無くなったが、スライムなんかで失敗したことはない。なんでまたスライムなんかに召喚枠をとっているかというと、スライムは構造が単純だから様々な溶媒が作れるんだ。あと、低コスト。

「じゃあクエストを発行するからお城に行ってみない?」

「お城?」

「この依頼の発注先はお城なのよ。スライムが欲しいんだって」

「お城がなんでまたスライムを?」

「さぁ? 理由はわかんないけど、難題のせいか受ける人もいないし駄目元よ。旅費くらいはギルドで出すわ」

「乗った」


 結局は物見遊山のことだ。あまりの魔素の薄さにとんぼ返りしようと思っていたが、首都たるカレルギアを無料で詣でられるのなら嫌やはない。

「おいタリアテッレ、はしゃぐな」

「だってこんなに近くで竜を見るのなんて初めてだよ!」

 ギルドの用意した馬車、もとい竜車に乗り込んで驚いた。この国では騎獣は馬ではなく竜だそうだ。荒涼とした岩山や砂地が広がる大地を走るには丈夫な竜が適するらしい。俺は爬虫類がちょっとばかり苦手なんだよな。意思疎通できそうにない目をしている。

 そんなこんなでカレルギアについたのは7日後だった。

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