【9.ガラス細工の修行】 二〇一九年五月
第12話 コンパル
最初に、ガラスカッターを使って、6ミリのガラス管を切る方法を習った。カッターと言っても、それでガラス管を直接切るわけではない。ガラス管に、ぎりり、と小さく深い傷をつけるのだ。あとはガラス管を持った両手を平泳ぎで水をかくように左右に引き離すと、ぱき、と軽い音を立てて綺麗に割れる。この『ぱき』に心が躍る。断面のぎらりとした輝きからわかるように、切断したてのガラスの縁は非常に鋭い。うかつに触れると、あっという間に怪我をする。ガラスを切断したら、必ずバーナーの炎の中で縁を丸めるよう、スオウさんから注意を受けた。
「いいかい、工作室にあるガラス管は、外径6、10、15、20ミリの四種類。10ミリ管までは、ガラスカッターで傷をつけるやり方で簡単に割れる。それ以上の径になったら、ガラスカッターで傷を入れたあと、焼き玉を作って熱膨張で割ってやる」
「焼き玉?」
「うん。急激に熱をかけたらひびが広がるって言っただろう? それの応用。でも、それはまた後でやろう。まずは6ミリ管を切って、四十センチの長さのものを三十本作って」
十分ほどかけて作った三十本の中からスオウさんが一本を手に取る。
「ガラス管の右端を下から、左端を上から持ってみて。それを胸の正面で水平に保ちながら、一方方向にくるくる回転させてごらん」
スオウさんがすんなりと長い指先で、くるくるくる、と回しながらこちらを見る。その目に促され、私もガラス管の両端をそっとつまみ、くる……くる……と回す。くるっ、くるっ、くるっ。ぎこちなくガラス管が自転する。
「そうそう、その調子。それを炎の中でやるの」
スオウさんはバーナーに火をつける。赤い炎に酸素を混ぜて、青白い炎に調整する。
「炎の中に入れたら、絶対くるくるを止めないこと。酸素の混じった青い炎の中では、硬質ガラスでも融けちゃうかなら。こんな感じに」
両手で持ったガラス管の中央を炎の中に入れる。青い炎がガラスの周りで赤くなり、すぐにガラス管が白熱したと思うと、ゆっくりと垂れ落ち始める。スオウさんが炎から取り出した。
「な、こうなると、もう使い物にはなりません」
スオウさんは中央部分が水あめのようにたらりと垂れた形で固まったガラス管を耐火机の上にそっと載せた。新しいガラス管を取り出し、ガラスカッターで適当な長さに切ると、炎の中に差し入れた。絶えずくるくると回転させている。
「もう一度、言うぞ? 炎の中では、原則、ガラス管は回転させ続けること。そうして管の周囲を均等に加熱してやること。炎の中でくるくる回転させてると、徐々にガラスが溶けて集まり、熱している部分だけが肉厚になります。
いいかい、最初の練習は、この、肉厚管を作ること。外径は6ミリのまま、ガラスの厚みだけが均等に厚くなって、毛細管になるようにするの」
「はい! ところで、これって、何かに使えるんですか?」
「うん? そうね、例えばこれで砂時計ができる」
「え? ああ、確かに! 砂時計って、ガラス管の真ん中だけが細くなっていますもんね」
私はバーナーの前に坐り、教えられた手順で火をつける。紫外線カット用のサングラスを借りてかけ、ガラスを加熱しはじめる。くるくる、くるくる、くるくる。加熱されている部分がオレンジ色になり、白っぽく輝きはじめると、手ごたえが変わった。あ、と思う間もなく、溶けた部分がぐにゃりと歪み、左右が食い違ってしまった。あっけにとられていると、右肩の後ろからスオウさんの声が聞こえた。
「焦らなくていいよ。最初はそんなものだから。な、わかった? ガラス管の真ん中が溶けると、左右のガラス管を片手で別々に支えないといけなくなる。バランスがとりにくいだろ? ガラス管を右手に一本、左手に一本持って、くるくる回す練習をするといいかもな」
笑われるかと思いきや、その声は私を包み込むように深く柔らかく響いた。
* * *
「今日は試験管を作ります」
「はい!」
炎で熱されている6ミリ管の中央付近が白い閃光を放ち始めると、スオウさんはガラス管を炎から出し、左右に軽く引いた。白熱していた箇所が光を失いつつ、すっと細長く伸びる。再度その細管部分を炎の中に入れ、今度は炎の中で左右に引いた。細管部分がぷつりと途切れ、ガラス管は二つに分かれた。その一つの細管部分を炎の中で加熱し、ピンセットでだぶついたガラスを取り去りつつ、開いた側から軽く息を吹き込んで、綺麗な丸底に形を整えると、私の目の前にかざして見せた。均等な厚みで丸底になった6ミリ管の試験管が出来上がっていた。
「ほい、これが試験管です。今週は、これを作れるようになること。やってごらん」
私はふん、ふんと鼻息も荒くうなずき、バーナー前の椅子に坐る。
* * *
肉厚管、試験管に続き、U字管、T字管、二重管が不格好ながらも作れるようになると、スオウさんが目を細めて満足げにうなずいた。
「すげえな、コンパルちゃん。飲み込みが早い。正直言って、ここまでやるとは思ってなかった。もう、きみ、ひとりで何でも作れるよ」
私はスオウさんに誉められたことに驚き、嬉しくなった。
「冷却管で、内管が螺旋にぐるぐる巻いたやつ、あれが作りたいです!」
「蛇管の冷却器? あー、それはここでは無理です。俺もあれは作ったことないわ」
「じゃあ、1リットルのガラス瓶にガラスコックを溶接して、注ぎ口付きのボトルにするのは?」
スオウさんが苦笑する。この人は、笑うと驚くほど幼い雰囲気になる。
「それも、うちのガラス工作室じゃ、無理。基本的に、ガラス瓶は加工できないと思ってて。厚みがあるガラスを安易に加熱するのは危険だよ。割れて、怪我をする可能性があるからな。厚みが薄くても、大きくなればなるほど、ぐんと扱いが難しくなる。ビーカーのひびだって、直せるのは100ミリリットルまでと心得といて」
「はい、先生!」
スオウさんが満足げにうなずく。
「よろしい。そうね、じゃあ、来週は霧吹きを作ってみよう」
「霧吹き?」
首をかしげると、スオウさんが眉を寄せてこちらを見た。
「えっと、もしかして、今じゃ『霧吹き』も死語なの?」
「いえ。でも、ガラス細工で霧吹きを作るというイメージがわかなくて」
「ふふ、それは、作ってみたらわかる。来週の実習を楽しみにしておきなさい」
「はい!」
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