【3.カモミールティー】 二〇一八年夏
第6話 コンパル
ヤマシロさんと付き合いはじめたばかりのころ、私以外のふたりの恋人たちのことを尋ねてみたことがある。
「いまいるふたりの恋人さんたちとは、いつ付き合い始めたんですか?」
ヤマシロさんははにかむように笑いながら言った。
「ひとりはヨシアキといいます。彼が中学生の時からの知り合いだったんですが、付き合い始めたのは彼が高校生になった時です。きらきらした目をした、小柄でやせた男の子でした。もうひとりはトキワといってピアニストなのですが、六年前に演奏を聞いたのがきっかけで、付き合いはじめました」
ポリアモラスな人はどうやって恋人を作るのだろう? ポリアモリストに告白されて、あるいは告白した人がポリアモリストだと知って、みな、すんなりと受け止められるものなのだろうか? 今思えば、動揺していないつもりでも、何か飲み下せないものがあったのだろう。『前例』がほしかった。
「ヤマシロさん、もう少し聞いても良いですか? そのおふたりと付き合いはじめるときに、困難はなかったのですか?」
ヤマシロさんは口ごもった
「ごめんなさい、ぼくの口からは言えません。困難や苦痛があるとすれば、それはぼくではなく、ぼくの恋人たちの方にでしょう。それをぼくが好き勝手に推測して語るのは失礼だと思うんです」
ヤマシロさんの物憂げな様子を見ていると、私の好奇心はみるみる薄れていった。私にとって大事なのは、ヤマシロさんのにおいに包まれることで、ヤマシロさんがそれを許してくれる限り、それ以上のことを望む必要はない。
「すみません。わかりました」
ヤマシロさんは私の目をまっすぐに見つめた。
「もしも、今後、彼らと出会うことがあれば、直接尋ねてみてください。彼らはとても魅力的な人間です。きみが魅力的なのと同じくね。きみたち三人は互いに魅了されると思います」
そう言うと、ほほえんで立ち上がった。
「お茶を入れましょう」
キッチンからリンゴに似た爽やかなかおりが漂ってきた。淡い黄金色のお茶がなみなみと入った大ぶりのカップをヤマシロさんが手渡してくれた。
「これは?」
「カモミールティーです。眠る前に気持ちを整えるのにちょうどいいお茶です」
ふう、ふう、と冷ましてから一口飲んでみる。リンゴのようなかおりに、レモンのかおりも混じっている。少しだけ刺激的なスパイスのかおりもする。首をひねっていると、ヤマシロさんが笑った。
「ブレンドティーなので、カモミール以外にも少し混ぜ物が入っています。お気づきのように、黒コショウが入っています」
「面白いですね。この黒コショウのかおり、意外に気持ちを静める効果がありそうです」
「――コンパルさん、きみはぼくがポリアモリストであることがどうしても気になるのでしょう? 身近には、きっと、ポリアモラスを公言している人なんて、いなかったでしょうから ――実際、ポリアモリストだと告げることで壊れてしまった関係もありました」
私が目を上げてそっとヤマシロさんをうかがうと、左の口角をくいと上げてほほえんだ。
「一対一のパートナー関係にぼくは耐えがたい閉塞感と恐怖を感じます。相手がぼくを慕ってくれればくれるほど。同時に、ぼくは寄り添ってくれる人との関係なしには、自分を保てないんです」
ヤマシロさんは気弱そうに笑う。でも、決して目をそらしはせず、私を見つめている。
「こんな自分については何を言われても仕方ないと思ってます。でも、ぼくを受け入れてくれた恋人たちが蔑視され、不快な目に会うかもしれないと思うと、それは辛いです」
そう言うと、ヤマシロさんは私の右手を取り、何度もなでた。
ヨシアキさん、トキワさんそして私。私たちは異なる平面の上で動き回る点のようだ。平面はわずかに傾いていて、はるかどこか遠いところで交わっているのかもしれない。ヤマシロさんの影に導かれて、私はいつかその交線、あるいは交点を見つけるのかもしれない。
ヤマシロさんがいなくなったら、私たちはどうなるのだろう。恋人の恋人は、他人なんだろうか?
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