第5話
表彰される前も絵を描いていたのだと思います。園児だった三年間のどの時点かは憶えていませんが、表彰される前に描いていた絵の記憶は一切ありません。その前の記憶はとにかく不安と所在のなさ、そんなような物ばかりでしたが、表彰からは一変しました。
その変化を説明するのはとても難しいですが、初めて私に名前がつけられた、そんな感覚です。
最初はもちろん表彰された事そのものが褒められました。父も絵を描いたり物を作る事が好きだったようで「オレに似たんだわ」と自慢気でした。母はと言うと、いつもオドオドしていた私がこれで自信を持ってくれるのでは、と期待していたそうです。
私は表彰状を持ち首からメダルを下げ、父と母と、産まれたばかりの妹と四人で写真を撮りました。終活をすると言う母が処分していなければ、まだこの写真が実家のアルバムの何処かにあるはずです。
私は夢中で絵を描きました。集中して描いている事がまず褒められ、続けている事が褒められました。新聞の折込チラシの中の片面印刷の物を母に頼んで残してもらい、そんな意欲が褒められました。
絵を描くと言うことは、もちろん才能も無関係ではないと思います。しかし私はもっと筋力トレーニングに近い物だと考えています。繰り返し休まず描き続け、少し難しい題材を選んで負荷をかけ。またはスポーツトレーニングにも似ているかもしれません。目からの情報や頭の中のイメージを正確に指の神経に繋ぐ訓練を重ね、やがて思い通りに体が動いていくような。
そのようにして、年齢にしては少し絵が上手くなりました。
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