カサカサ

楠本恵士

カサカサの正体

【怖そうで怖くない、だけど少し怖い(でも怖くない、よく考えたら怖い)話し】



 蒸し暑い夏の夜はなかなか、寝苦しいものでございますな。


 昔は『草木も眠る丑三つ時』と怪談噺では申しておりましたが、今の時代では丑三つ時……は通じないもので。

 丑三つ時は、現在の時刻に直します午前二時くらいの時刻ですかな。


 それにしても、現代科学の進歩は凄まじいもので。

 再生医療やAI技術、遺伝子工学の分野では新たな生きものの誕生もあり得るかも知れません。

 そのうちに、殺虫剤に完全な耐性を持った、遺伝子害虫も現れるのかも知れませんが。


  ◇◇◇◇◇◇


 さて、これはわたしの知人の知人が、体験した恐ろしくもあり、恐ろしくはなく、やはりよく考えたら恐ろしい。

 夏夜の夢だったのか? 現実だったのか? よくわからない狭間の、不可思議なお話しであります。


 その夏の夜は、いつにも増して蒸し暑く、寝苦しい夜で。

 男は何度も寝返りを打っておりました。

 冷房は妻と子供が眠っている離れた部屋のみで、男の寝ている畳部屋には古い扇風機しかありません。


 眠れぬ寝汗で、うとうとしていた……午後2時の丑三つ時。

 部屋のドアの方から何かが部屋の中にスゥ~ッと、入って来た気配を男は感じました。

「あれ?」と男は思いましたが。

 明日の仕事のコトもあり男は、そのままオレンジ色の室内灯の中で目を閉じて横になっておりました。


 しばらくすると、部屋の隅の方から。

 カサカサ……カサカサと、小さな音が聞こえてきて。

 その音は次第に大きく、カサカサ……カサカサ……と寝ている男の方に近づいてくるようで。


 カサカサ……カサカサ……カサカサ、カサカサ……ガサガサ、ガサガサ。


 やがて、耳元まで音が近づいて来た時、さすがに恐怖を感じた男は室内灯の明かりを点けて音の正体を確かめました。


 枕元には、眠る前に飲んだ空の缶ビールと、開封したスルメイカの袋。

 それと、表紙を上にして広げて畳の上に置いた雑誌と、その近くに黒茶色の物体があり。


 暑さで眠れずにぼんやりしていた男は、音の正体を知って苦笑しました。

 それは、子供が昼間遊んでいた黒いゴムのじーのオモチャでした。

 Gと言いましても、若者に人気の某白いロボットのコトではございません。


 違和感を覚えながらも安堵した男は、缶の中に少しだけ残っていた気が抜けたビールを飲み干して、また体を寝具の上に横たえて目を閉じました。


 しばらくすると、また……カサカサ、カサカサと近くで音がしました。

 そして、その音に混じって、か細い声が男の耳に聞こえてきました。


「ハラ……ヘッタ」

「メシ、メシ」


 その時、男は感じていた違和感に気づきました。

(子供が忘れていったオモチャから音がするはずが無い!)


 一瞬だけ、カサカサの音の主が男の耳の穴にスッと入り込み、すぐに外にカサカサは出た時、男は。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 と、悲鳴をあげて恐怖から急いで明かりを点け、表紙を上にして広げて置いてあった、雑誌の間から部屋のモノとモノの隙間に逃げ込む黒いGが、ハッキリと見えました。


 部屋に殺虫剤が無かったので、黒いGが逃げ込んだ隙間に点灯させたスマホのライトを向けると。

 そうっと隙間を覗き込んだのでございます。


 男の目に映ったのは、小さなちゃぶ台の周りに正座をして三匹で食事をしている、Gの家族団欒だんらんの姿に、ほっこりとするのと同時に……。

 

 奥の方に隙間を埋め尽くすほど大量発生していて、頭に自作の赤と白のハチマキを巻いて蠢くGの姿に。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 男はさらに大きな悲鳴を発して気を失ったのでございます……気を失った男の体に。

 赤と白のハチマキをした黒いGたちは隙間から一斉に出てくると。

「ダイジョウブ? ダイジョウブ?」

 と鳴きながら。

 男の体に群がったのでございます。


【怖そうで怖くない、だけど少し怖い(でも怖くない、よく考えたら怖い)話し】


  ~おわり~

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カサカサ 楠本恵士 @67853-_-

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