ピンクのおじさん
不労つぴ
ピンクのおじさん
これはゴールデンウィークのときに起こった話だ。
僕は特にやることもなかったので実家に帰り、自室でダラダラと過ごしていた。昼時になったので、行きつけのインドカレー屋でランチでも食べようと思い立ち、重い腰を上げ外に出た。
車を使っていこうかとも思ったのだが、カレー屋の周りは交通量が多い地帯だったので、歩いて行くことにした。
カレー屋までの道のりを歩いていると、後ろから「あなたは……」と声をかけられた。
後ろを振り向くと、おそらく50代後半から60代前半ぐらいであろう、キャップを被った男が自転車にまたがって僕を注視していた。男の格好は全体的に薄汚れていて、まるで浮浪者みたいだと思ったのだが、注目すべきはそこではなかった。
男の髪の毛はピンク色だったのだ。
しかもピンクの中に白や青も混じっていて、某グルメバトル漫画に出てくる美食屋四天王のようなカラフルな髪色をしていた。僕が珍しい髪色だな―などと呑気に見つめていたら、ピンクのおじさんはこのように語った。
「あなたは男の子に見えます。ですが、おそらく女の子でしょう」
彼は何を言っているのだろうか。
確かにそのときの僕は髪を伸ばしていたので、普段よりは髪も長かったのだが、それでも後ろで括れるほどはなかった。それに僕は、どう見ても顔つきも中性的ではない。なので、女の子に見間違えられるのは初めての経験だった――というか、この先はもう無いと思う。
「君はお父さんにそっくりだ。君はお父さんによく似ている」
僕は思わず身構える。目の前の男は父の関係者なのだろうか。だとするなら、一刻も早くここから去らなくてはいけない。
僕の父は昔、ある事件を引き起こしており、各方面に多大な迷惑をかけた。なので、未だに父に対して恨みを持つ人も多いと聞く。だから僕を利用して、父親の居場所を聞き出そうとしているんじゃないか――と僕は警戒を強める。
「あなたは確か――そうだ、アマカワさん。アマカワさんだ。アマカワさんですよね? 君はアマカワさんにそっくりだ。確か君はお父さんとバレーボールをやっていた。君もバレーをやっているんだろう? 見たことがある」
あぁ、確実に人違いだ。
そもそも僕はアマカワなどという名字ではないし、バレーボールもやっていない。この人が見たというアマカワさんは、きっと僕とは似ても似つかない人だろう。そもそも僕は女の子ではない。
「あなたは子豚さんです。子豚さんはここらへんに住んでいるんでしょう?」
誰が子豚さんだ。
僕は友人達から爪楊枝、もしくはコンパスと揶揄されるくらいには、でくのぼうの体型である。幼少期から普通に過ごしているだけなのに、親にご飯をもらってないんじゃないかなどと児童虐待を疑われたこともある。
どこからどう見ても子豚などという体格には見えないだろうし、初対面の人に向かってそんな事を言って言い訳がない。実際、生まれて初めて子豚さんなどという風に言われた。一体この男の脳は、どうなっているのだろうか。
僕がピンクのおじさんに、それはきっと人違いだということを伝えようとしたが、ピンクのおじさんは僕に訂正するタイミングを与えず、早口で聞き取れないような何かをずっと喋っている。
終いには満足そうな表情を浮かべて、「また近い内に会いましょう」などと言って、自転車に乗り去っていった。
その場に取り残された僕は、情報が脳内で延々と完結せずに、しばらくその場に立ち尽くしていた。
後日、従兄弟にこの話をしたところ、従兄弟はピンクのおじさんに見覚えがあるかもしれないと言った。地元にある文化会館前で、髪の毛がピンクかどうかは分からないが、自転車に乗った薄汚れたおじさんが大声で何かを主張していたという。
従兄弟がかろうじて聞き取れた内容だと、5Gは脳に深刻なダメージを与えるとか、コロナワクチンは人類選別用の兵器だとかそんなことを言っていたらしい。
僕が会ったピンクのおじさんと、従兄弟が言った陰謀論を主張するおじさん。果たして彼らは同一人物だったのだろうか。
ピンクのおじさん 不労つぴ @huroutsupi666
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