怪奇! バンドローバ・オンザロード
カニカマもどき
体験談
ぼおん、ぼおん……
という、腹に響く、低い音でした。
私が最初に耳にしたのは。
静かな、夜の公園を散歩していたときのことで。
車のエンジン音でも、鳥の鳴き声でも、鐘の音でもないそれが、いったい何の音で、どこから聞こえるのか。
少しだけ気にはなったものの、まあ、別にどうでも良いかと思い。
そのまま帰宅して、すぐに忘れてしまったのです。
その、一週間ほど後のことです。
また、あの音を耳にしました。
夕方の、川沿いの道で。
しかも今度は、
どこどん、どんどん、しゃーん……
という感じの、別の音も混じっています。
辺りを見回してみると……川の向こう、ニ百メートルくらい離れた場所だったでしょうか。
誰かが、楽器――ドラムを叩いているような姿が見えたのです。
はっきりとは見えませんでしたが、もう一つの「ぼおん」という音は、おそらくベースの音だと分かりました。
このときの私は、「音の正体がわかってすっきりしたな」「こういう場所は楽器の演奏に向いているんだな」などと、のんきな感想を抱くばかりで。
まだ、ソレの異常さには、気が付いていなかったのです。
それからまた、数日後。
いまから三日前のことです。
今度は昼間の、人通りの多い、駅の近くで。
歩いている私の五十メートルくらい前方、小さな橋の上に、ソレは居たのです。
じゃーん、じゃっか、じゃーん、じゃっか……
という、ギターの音色が、さらに加わっていました。
さて、ここに至って、私はようやく、
「コレはまずい。関わってはいけないやつだ」
と、そう気が付いたのです。
我ながら、もっと早くに気付くべきだったと思うのですが。
考えてみれば、機材も揃ってないのに、あんな川の向こうから、はっきりと楽器の音が聞こえるのは、おかしかったのです。
それに加えて、いま、道行く人々に、ソレの姿が見えておらず、音も聞こえていないようであること。
そして何より、橋の上に、いま一瞬確認できた、ソレの姿。
これらは全て、ソレが、人間などではなく、もっと異様な、得体の知れない――おそらくこの世のものではない――存在であることを、示していたのです。
私はすぐに、踵を返して逃げ出しました。
ソレを刺激しないよう、目立たないよう、焦らず走らず、早足で。
もつれる足を叱咤しながら。
しかし。
逃げ切れるものではなかったのです。
既に、目を付けられていたのでしょう。
昨日の朝。
家の玄関から、一歩外に出てみると。
ソレは、目の前に居て、私を待ち構えていたのです。
かぁぁぁーーーーーん……
という、ヴィブラスラップの大きな音が響きました。
逃げることも、声を出すことも、目をそらすことすら出来ませんでした。
初めて間近で見た、ソレの異様な姿といったら!
ソレ—―いや、ソレら――は、口が裂けた老婆のような顔面を持ち。
腹に空いた風穴のそばに弦を張り、ベースのように弾いていたり。
腹や肩から突き出た円盤状のものを、ドラムのように叩いていたり。
頭の中から伸びるコードの先に繋いだギターのようなものを、奏でていたりするのでした。
ぼおん、ぼ、ぼおおん、ぼ。
どんどこど、どだだだだ、しゃん、どん。
ぎゅいぃぃ、ぴろぴろぴろ……
かぁぁぁーーーーーん。
老婆のようなものたちが、一斉に、楽器のようなものを奏でます。
初めは無秩序にかき鳴らされていたそれらの音が、段々とまとまり、一つの楽曲の様相を呈したとき――
ヴィブラスラップの老婆が、おもむろに、次のような歌を歌い出したのです。
♪
怨みつらみの海に浸かった
五臓六腑が唸りを上げる
血潮どくどく
顎骨がくがく
身体削ってビートを刻め
あれは あれは誰だ あれは何だ
(そう それは それは)
Low Bad! Low Bad! Low Bad! Low Bad!
(刃物研ぐ)
Low Bad! Low Bad! Low Bad! Low Bad!
(忍び寄る)
Low Bad! Low Bad! Low Bad! Low Bad!
そうさ 貴様の傍に
♪
「センキュー」
歌と演奏を終えると、老婆のようなものたちは、そう言って消えてしまい。
その後は、いまのところ何も起こってはいません。
でもほら、やっぱり、いろいろ考えてしまうんですよね。
あの歌を聞いた私は、呪われてしまうんじゃないかとか。
一週間以内に、五人以上にあの歌を広めないと、死んでしまうんじゃないかとか。
全部、想像の域を出ないのですが。
まあ、そういう風に思ったので、私は今日、皆さんにこの歌を広めた訳です。
で。
それをさらに広めるかどうかは、皆さんの自由なわけですが。
私の弾き語りを録音したCDもあるので、よろしかったらご利用ください。
一枚、千五百円です。
怪奇! バンドローバ・オンザロード カニカマもどき @wasabi014
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