気配

白兎

気配

 夜の暗い道に、ぽつぽつと街灯が灯っている。私はいつもより少し帰りが遅くなり、誰もいない道を一人で歩いていた。最寄り駅から自宅のアパートまでは徒歩で十分ほど。この道は古い住宅街であり、未だに高いブロック塀がある。いつも通る道は安全であると、私は全く警戒してはいなかった。しかし、この時は、いつもと違う何かを感じた。この時間は、夜の十時過ぎ、帰途につく者はいないし、夜に開いている店もない。つまり、出歩く者はいないはずである。そのはずなのだが、私は背後に気配を感じていた。靴音はしないが、気配がある。それだけでも怖い。私は足を速めた。すると、その気配もそれに合わせたようについて来る。私が履いているのはヒールの高さが三センチほどのパンプス。走れないほどではないが、走りやすくもない。走って逃げれば追いつかれてしまうだろう。だが、その気配から逃げたいという焦りから、その足はついに走り始めた。すると、背後の気配もそれについて来る。しかし、靴音はしないのだ。自分のパンプスの音しか聞こえない。たとえ運動靴だとしても、走れば少なからず音はするはずだ。何かがおかしい。私は気付きたくはなかった。それが人の気配ではない事を。徒歩で十分の距離のはずの自宅アパートまでが、途方もなく遠くに感じた。まだ着かないのか? 息は上がり、日ごろの運動不足もあり、身体は重く、中々前に進まない。恐ろしくて、後ろの気配が何者なのかも確認したくはなかった。しかし、追いかけて来るそれが、突然声をかけてきた。

『お嬢さん、お待ちなさい!』

 男の声だった。口調は丁寧だが、怖くて振り向きたくはない。それなのに、私は意に反して振り向いた。その瞬間、足がもつれて転倒。そして、追いかけてきたそれが私の目の前に姿を見せた。真っ黒な熊のようなシルエット。その後ろには街灯。

『落とし物ですよ』

 大きな黒い掌には、白い小さなイヤホンが一つ乗っていた。私は恐ろしさのあまり声も出なかった。

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気配 白兎 @hakuto-i

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