エアコンが壊れた

ふさふさしっぽ

本文

 八月。夏真っ盛り。1LDKのアパートは蒸し風呂状態だった。部屋には、仰向けに長く伸びる猫が二匹。


「暑いよお」


 黒猫のココアは今日何度目か分からない言葉を発した。


「暑いよお、あかりちゃん」


「暑い暑いうるさいんだよココア、余計暑くなるだろ」


 ココアの隣で伸びていた白猫のマシュマロがおもむろに立ち上がる。「暑くてやってられねえ。水でも飲むか」


「あ、僕も」


「来るんじゃねえよ、暑い!」


「僕も水飲みたいんだもん」

 

「ぶっ飛ばすぞ」


 長毛種の白猫、マシュマロは暑すぎて殺気立っていた。「ココア、お前はいいな。毛が短くてよ」


「なんだよマシュマロ、僕だって黒いから暑いんだ。黒は光を吸収するんだから」


 黒猫のココアは負けじと言い返した。


「ごちゃごちゃうるせえ、俺のほうが暑い!」


「僕だってば」


「シャー!」


「シャーー!!」


 猫二匹は威嚇し合う。お互いの尻尾は太くなり、ぶんぶん左右に振られている。

 それを見た二匹の飼い主、工藤あかりが部屋の奥から叫んだ。


「もう、暑いのになにケンカしてんの。猫は元気だなあ」


 あかりはさっきからうちわ片手にエアコンのスイッチを何度も押している。

 何度も押しては、首をひねる。


「おかしいなあ。スイッチは入るのに、全然エアコンの風が来ない。このエアコン古いし、やっぱり故障かなあ」


「ニャーーーー!!(はやく業者を呼べーーーー!!)」


 呑気なあかりに堪忍袋の緒が切れたマシュマロが叫んだ。


「マシューはこんなに暑くても元気だね。まだ一歳で、若いもんね」


 猫二匹の切実な思いは人間であるあかりに伝わらない。

 二匹が「もう終わりだ……。この夏で死ぬ」と諦めかけたとき、あかりが


「あ、もしかして」


 と何か閃いたように脚立を持ってきて、脚立に上がり、エアコンのカバーを開けた。開けたとたん、


「ごほごほっ。ごほほっ」


 あかりは盛大にむせた。バランスを崩し、あやうく脚立から落ちるところだ。


「あぶない、あかりちゃん」


「どうしたあかり」


 心配したココアとマシュマロがエアコンのまわりに集まる。

 あかりは脚立の上から二匹を見下ろし、一言。


「フィルター、全然掃除してなかった」


 あかりはほこりまみれのフィルターを外すと、風呂場で洗った。幸い天気がよかったので、外で数時間乾かし、再びエアコンに取り付ける。スイッチを入れる。

 涼しい風が、部屋に送られた。


「涼しいよ~、あかりちゃん」


「あかり、エアコンの掃除くらいちゃんとしろよ……まあ涼しいからいいか」


 殺気立っていた猫二匹は平常心を取り戻し、あかりのベッドの上で昼寝に入った。

 一方、汚れまくりのフィルターを洗ったあかりは汗だくだ。


「もう寝てる。猫は呑気よね」


 幸せそうに眠る猫二匹を眺めつつ、シャワーを浴びに、風呂場へ向かう。


 こうして真夏の猫二匹の安眠は守られた。



 終わり。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エアコンが壊れた ふさふさしっぽ @69903

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ