第32話 ほんもののしょうめい

とうとつに、とつぜんに しろいしょうねんの『かたな』が まおうへとせまっていました。


なっ!? まおうは おどろきのあまり かわすことすらできません。


いいえ、もし まおうが じゅうぶんな けいかいをしていたとしても、とてもかわせなかったでしょう。


はくじんは まおうのくびすじにすいこまれるように、もじどおり かれのくびからうえをじめんへと きりおとしました。


……え、なんで? おどろきのこえは ゆうしゃのものです。


ゆうしゃは めのまえでおきたできごとに りかいがおいつきません。


またひとつ、いのちを きったでござる。


しろいしょうねんは まおうのくびにみむきもせず ものがなしそうに つきをみあげています。


まおう、といったでござるな。おそらくは まぞくのちょうてんにいたのであろう。だが それをきってもなお、せっしゃは ゆうしゃに およばない。……『かたな』が、おもい。


なんで? なんで、こんなことしたの? 


ゆうしゃが ききます。まおうが しんで、かのじょのては なぜかふるえていました。


そこのまおうとやらは せっしゃにきらせるために つれてきたのではないのか?


しろいしょうねんは そぼくなぎもんのように ゆうしゃにききます。


そんなわけないでしょ!? わたしは、いま あなたがどうしてるんだろうって しりたくて、ただそれだけで、このひとを きらせようなんて、そんなことっ。


ゆうしゃは くびかざりをにぎりしめ もうとりもどせないものへむけて こえをはりあげます。


……そりゃ、よかった。おれを わなにかけたってわけじゃないみたいだな。おまえに どんなしかえしをするか かんがえなくてよさそうだ。


ゆうしゃのとなりから こえがきこえます。そこにいたのは、くびをおとされたはずのまおうでした。


え、あなた。だいじょうぶなんですか!?


ゆうしゃがおどろくのもとうぜんです。まおうのくびは もとどおりにもどっています。


おれも おどろいてるとこだよ。ほんとうに だいじょうぶなんだろうな おれのくび。


まおうも じぶんのくびをさわりながら ふしぎそうにしています。


そこに せいけんの たかわらいがひびきました。


まおうのたましいは わたしのなかにふういんしてあるから、いくら にくたいがきずついても ぜったいにしんだりなんかしないわ。


せいけんの かんだかい わらいごえは とまりません。


そのこえをきいて、まおうは ひじょうにふゆかいそうな かおになりました。


くそ、こんなせいけんのなかに じぶんのいのちがとらわれているとおもうと はらがたつな。だが、いちおうこいつのおかげで おれは たすかったのか。……いやそもそも、ふういんなんて されてなければ さっきのこうげきなんかで くびをおとされたりしなかったんだよっ。


せいけんに かんしゃしたり おこったり、まおうの かんじょうは いそがしいです。


そうか、まだしんでいなかったでござるか。いちどきっても しなない いのちもあるのだな。


しろいしょうねんの しろいひとみが、もういちど まおうにむきます。かれがてにする『かたな』も おなじように まおうへむけられていました。


なんのつもりだ、おまえ? さっきのは ごかいってことで ゆるしてやってもいいとおもってたが、もういちどその『かたな』をおれにむけるなら、かくごはできているんだろうな?


まおうのめに、たしかな いかりのかんじょうがこめられます。


ごかいもなにもないでござる。まぞくをきるためにつくられた『かたな』で、『かたな』をあつかうためにうまれた せっしゃがまぞくをきった。そこに、なんの てちがいがあるというのか。


しろいしょうねんは まおうのしせんにも ひるむことはありません。


……だったら おれがおまえをころしたところで、なんのもんくもないよなっ。


まおうは まけんをてに しろいしょうねんへと かけだします。


ちょっと、まってください! ゆうしゃのとめるこえも、まおうは むしします。


しろいしょうねんにむけて まおうは まけんをふりあげ、つぎのしゅんかん まおうのりょううでが ポトリとじめんにおちました。


────は? まおうのくちから、まのぬけた こえがでます。


まおうは いつじぶんの うでがきられたのか わかりません。


なみだがでるほど おそいでござる。


しょうねんの『かたな』はすでに、まおうのくびすじに つきつけられていました。


そういえば、ひとつ きいておかなければいけないでござるな。


しろいしょうねんの ことばがしずかに ひびきます。


ゆうしゃよ、どうして まおうをここへつれてきたでござるか? いいやちがう、なぜ まおうをそのせいけんで うちはたしていない?


まるで ゆうしゃをとがめるような くちょうでした。


そ、それは、さっき せいけんがいったみたいに そのひとのたましいを ふういんしちゃったからだよ。わたしじゃ、まおうを たおすことができなかったから。


ゆうしゃは まるでいいわけをするように こえをふるわせながら しつもんにこたえました。


そうか、ゆうしゃでも このおとこをころせなかったでござるか。……であるなら、せっしゃが まおうをころせたそのときは、この『かたな』が『せいけん』をこえたしょうめいになるのだな。


しろいしょうねんは けんをひいて まおうから きょりをとります。


なんの、つもりだ?


まおうは こみあげるいかりを おさえながらいいます。


ぜんりょくのまおうがあいてでなければ、『せいけん』をこえたことにならないでござる。まさか、さっきの おゆうぎのような たちさばきが きでんのぜんりょくではあるまい?


りょうてに『かたな』をかまえて しろいしょうねんはいいました。


て、てめえ!!


まおうは こみあげるいかりを おさえることができません。


かれのりょうては とっくにもどどおりに ふっかつしていて、てにしているまけんからは さっきとはくらべものにならないほどの まおうのちからがあふれています。


ふ、ふたりとも、やめてくださいっ。


ゆうしゃのこえを まおうも しろいしょうねんも むししました。


しろいしょうねんは うれしそうに、さびしそうに ひとりつぶやきます。


きょうここで、『あるじ』のつくりあげたものが『ほんもの』であることをしょうめいする。それができたなら、せっしゃは もうおわっていいでござる。



だれにも きこえないかくごのもと、つきのしたでの ふたりのたたかいが はじまろうとしていました。

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