第30話 にんぎょうけんしのものがたり

『かれ』は まっしろなばしょに うまれました。


なにもみえません。


だけど、だれかによばれているきがします。


ずっと、だれかが のぞんでくれているきがします。


たったひとつの『りそう』をかなえてほしいと、『かれ』にねがいをいのりつづけます。


じぶんじしんの こころをくだいて、『かれ』のたんじょうをまちつづけている だれかがいます。


だから、『かれ』は まっしろなばしょから うきあがることにしたのです。『かれ』をよびつづける、だれかのもとへ。


『かれ』が めをひらくと、そこにいたのは みけんにふかいしわがある おとこのひとでした。


そのひとの ゴツゴツした『て』が 『かれ』のほほにふれています。


このひとが『かれ』をつくったひとであると すぐにわかりました。


このひとが『かれ』をのぞんでくれたひとであると すぐにわかりました。


だから うれしくて、うれしくて つい『こえ』をかけてしまったのです。


おとこのひとは おどろいてめをおおきくひらいて、しばらくすると『こうかい』したかのように めをそらしてしまいした。


『かれ』も すこしだけ、『こえ』をかけたことを『こうかい』しました。


だって、『かれ』は まだなにもしていません。


まだ、なにも なしえていません。


めのまえの おとこのひとの『りそう』を なにひとつかなえては いないのです。


それなのに『いちにんまえ』のかおをしたのですから、おとこのひとは さぞ ざんねんにおもったことでしょう。


なので『かれ』は がんばろうとおもいました。


おとこのひとの、『あるじ』の のぞみをかなえるのです。


なんでもしました。


『あるじ』の やくにたてるのならと、いっしょうけんめいに できることをさがしました。


だけど どうしてか、『あるじ』は『かれ』に『かたな』をもたせては くれません。


『かたな』をてにすれば だれよりもじょうずにあつかえるじしんがあるのに、『かたな』にさわらせてくれないのです。


あるひ、『かれ』は『あるじ』にききました。


どうして『かたな』をさわらせてくれないのか?


『あるじ』は『かれ』に せなかをむけて こたえます。


わしは、そんなことのために…………、おまえをつくったんじゃない。


ふるえるせなかで、こたえました。


『かれ』には、それが『うそ』だとすぐにわかりました。


だって、それだけをのぞまれて『かれ』は このよにうまれたのです。


ずっと そうなるようにと、めのまえのおとこのひとに ねがいをかけられつづけたのです。


だから、『かれ』は おもいました。


そうか、じぶんは『しっぱいさく』だったんだ、と。


そう きづいたとき、『かれ』は『かたな』をてにして いえをとびだしていました。


『しっぱいさく』である じぶんがいやだったのではありません。


そんけいする『あるじ』がつくりあげたものが 『しっぱいさく』であることが ゆるせなかったのです。


じぶんを ゆるせなくて ゆるせなくて『かれ』は はしりつづけます。


『しっぱいさく』のままでは いられません。


『ほんもの』であることを しょうめいしなくてはいけません。


なんにちも はしりつづけて つかれはてて うごけなくなったとき、『かれ』にこえがかけられます。


だいじょうぶ? ないているんですか?


はくぎんのかみをした おんなのこでした。


『ほんもの』の『せいけん』をてにした ゆうしゃでした。


このひ、『かれ』は『りそう』にであいます。


ゆうしゃは まさに『かれ』の『りそう』の たいげんしゃ でした。


まぞくをころすためにうまれた『ゆうしゃ』が、まぞくをころすための『せいけん』で まぞくのことごとくをみなごろしにしていきます。


そこには いっさいのむだがありません。


うまれた もくてきと、いきていくうえでの こうどうに いっさいのズレがありません。


だから、『かれ』は ゆうしゃのマネをしました。


ゆうしゃと おなじように まぞくをきります。


なにもかんがえず、なにもかんじず。


すべての『よぶん』をおきざりにして、ただ『かたな』をふるうことだけに いしきをそそぎます。


じぶんのうまれた もくてきどおりに、『かたな』で まぞくをきりころしました。


ふときづけば、ゆうしゃよりも たくさんのかずのまぞくを『かれ』は きっていました。


ふときづけば、なにもかんがえない なんてことはできなくなっていました。


なにもかんじない、そんなわけがありません。


『かたな』が とてもおもくなっていました。


『こころ』が とてもおもくなっていました。


まぞくをきりころしたときの ひめいが わすれられません。


まぞくをきりころしたときの うらみごとが みみから はなれません。


『あるじ』とすごした おだやかなにちじょうが おもいかえされます。


そしてどうじにきづくのです。


『かれ』がころしたまぞくたちにも おなじような にちじょうがあったのではないかと。


ゆうしゃに そうだんしました。


ゆうしゃは、このなやみを どうやってかいけつしているのだろうと。


かのじょは、そのなやみに こころあたりなどないと あいらしいひとみをキョトンとさせたあと。


わたしの たいせつなひとたちにも おだやかなにちじょうがあったけど あのひとたちにうばわれて もういない。


あいらしいひとみに つめたいほのおが やどります。


あのひとたちにも おだやかなにちじょうがあったのかもしれないけど、わたしは そんなものしらない。はい、これでおわりだね。


『かれ』のように なやむことすら『よぶん』であるとでもいうように ゆうしゃは なにもかんじないこころでいいきりました。


このしゅんかん『かれ』は、きかいじかけのにんぎょうは りかいしました。


ああ、じぶんは ほんとうにただの『しっぱいさく』だったのだと。


『かれ』は『かのじょ』のような『ほんもの』になれなかった。


そう じかくしたとき、『かれ』は にげるようにゆうしゃのまえから きえていました。



これは『りそう』をもとめる ひとりのけんしの はなし。


ありもしない『ほんもの』をめざしつづけた、きかいにんぎょうのなれはての ものがたり。

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