第21話 あたらしいまじんのものがたり
しろぬりのかべにかこまれたへやで、おとこのこのあかちゃんがうまれました。
おかあさんは もういません。
あかちゃんが うまれたときに しんでしまったからです。
だけど あかちゃんを そだてるひとはいました。
だって、そこは けんきゅうじょ。
たいせつな じっけんざいりょうが、しんでしまっては こまります。
きちょうな 『まじん』のサンプルが、こわれてしまっては こまります。
おやの あいじょうがなくても、あかちゃんは すくすくせいちょうしました。
ていねいに えいようをあたえれば、どんなかんきょうでも からだはそだつものです。
おおきくなった『まじん』のこどもは さらにえいようと ちしきをあたえられました。
たくさんの じっけんをするのなら、じっけんたいも あるていど あたまがよくないとこまるからです。
けんきゅうじょのひとたちは、『まじん』のこどもに たくさんちしきをあたえました。
よせばいいのに、けんきゅうじょの『そと』のせかいのちしきも たくさんおしえます。
『そと』のせかいにある ふつうのかぞく、ふつうのせいかつ、ふつうのしあわせが どんなものであるかもおしえます。
しらなければ、かれは なにもおもわなかったのに。
しってしまったから、かれは じぶんがふつうではないときづきます。
うまれながらにして『ふこう』であることに きづきます。
だけど、けんきゅうじょから にげることは できません。
そんな よぶんなことができるじかんわりを たてられていなかったからです。
まいにちのしょくじには、たくさんの くすりがはいっていました。
からだによいくすり、からだをころすどく、からだをつよくするくすり、じんせいをみじかくするどく。
あらゆるくすりが ためされて、そのはんのうを きろくされます。
くすりだけではありません、からだも たくさんいじられます。
ちをぬかれ、きんにくをのばされ、ほねをくだかれ、ぜんしんに かんがえられるかぎりの しげきをあたえられます。
くるしくない いちにちなんてありませんでした。
たのしいってことばは しっているのに、そのいみをりかいできる いちにちはありませんでした。
まいにちまいにち、じっけんのはてに うごけないかれをみて わらいごえがかけられます。
すばらしい、すばらしいぞ! おまえは さいこうのじっけんたいだ!!
きもちのわるいわらいかたをする けんきゅうしゃをみながら、こいつは いまたのしいんだろうな、なんて『まじん』のこどもは おぼろげにかんがえました。
ちいさな しろいせかいで、ずっとじっけんのひびは つづきました。
あかちゃんだった『まじん』はこどもに、そしてしょうねんへと せいちょうしていきます。
てあしのながさだけなら、おとなとそんなにかわりません。
かれのまいにちも、かわることはありません。
くすりをのまされ、からだをいじられ、そして『そと』のちしきをおしえられます。
おなじとしくらいの しょうねんしょうじょが、『ふつう』ならどうしているのかをおしえられます。
いまの じぶんとのちがいを かんがえさせられます。
ガラスごしに、けんきゅうしゃたちが じぶんのはんのうを きろくしていることは しっています。
それでも、じぶんのじんせいが いったいなんなのか『まじん』のしょうねんは かんがえずにはいられません。
じぶんが なんのためにうまれたのか、かんがえずにはいられません。
なやむじぶんをみて、けんきゅうしゃたちが わらいながらきろくをとっています。
いまのところ、けんきゅうしゃたちの おもちゃになっていじられるくらいしか じぶんには『かち』がないと しょうねんは じこけんおします。
そうおもいながら まだそんな『かち』があるだけましか、とおもうじぶんにきづき 『まじん』のしょうねんは さらに じこけんおにおちいりました。
だけど、そんなひびもながくは つづきません。
どんなおもちゃにも、こわれる ひがきます。
どんなおもちゃも、あきて すてられるひがきます
『まじん』のしょうねんは こわれてうごかなくなりました。
つかえなくなった じっけんざいりょうは、もやして すてるしかありません。
けんきゅうじょのひとは『まじん』のしょうねんを はいきするためのじゅんびをします。
─────そのとき はじめて、『まじん』のしょうねんから かんぜんにめをはなしました。
うごけないからだで しょうねんは おもいます。
そうか、じぶんにはもう『おもちゃ』の『かち』すらなくなったのか。
なんの『かち』もないじぶん。
かれは もういちど じもんじとうします。
おれは なんのために うまれてきたのか?
いみもなくうまれ いみもなくしぬのか?
それは、こたえなんて みつかるはずのない といかけです。
だけど、しょうねんは こたえをだしました。
いやだ、いみもなくしぬのも いみもなくきえるのも、いやだ。
せめて、せかいにきずあとを。
『ふつう』にいきているれんちゅうに、おれという『まじん』がいたってわかるだけの『のろい』をのこしてやるっ。
『ぞうお』が、『のろい』が、『まじん』のしょうねんのからだを さいきどうさせました。
すうじかんご、けんきゅうじょは ボロボロにほうかいします。
『まじん』のしょうねんは もちうるすべての『ぞうお』と『のろい』をちからにかえて、じぶんのうまれた けんきゅうじょを あとかたもなくはかいします。
かなしい あめがふりしきるなか、かれは よやみにさけびます。
『まじん』のしょうねんの ほんとうのうぶごえでした。
これは、わるいじょうだんであってほしかった、ほんとうのはなし。
せかいにのぞまれずうまれた、かなしいほどの『ぞうお』と『のろい』にみちたものがたり。
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