第8話 絶対に耳は弱くなんかない先輩 VS 俺

「後輩くーん? 後輩くーん! こらー! こんなにかわいい先輩の声を無視するなー! まるで鈴を転がすような可憐で美しくて清楚で素晴らしいこの美少女ボイスを無視するだなんて本当に良い度胸をしてますねぇ?」


「無視はしていません。反応していないだけです」


 いつもの朝。

 木曜日の学校に向かう道中にて、周囲には交際をしている事を伏している彼女と合流し、いつものように他愛のないやり取りをしていたのだが……今日ばかりはいつもと様子が違った。


 いや、この負けず嫌いな先輩が色々とおかしくてクソザコなのはいつもの事であるのだが。


「さっきからどうして爪先立ちをして、俺の耳元で囁き続けるんです?」


「えぇ? もしかしてぇ? 興奮しちゃったんですかぁ? 興奮しちゃいましたよねぇ? やだぁ、後輩くんったらドスケベさんー。ほらほらほらほらぁ? どうなんですー? 素直に先輩の吐息で興奮しちゃいましたって朝から白状してくださいよ~?」


「先輩はいつもかわいいので俺はいつもドキドキさせられてますよ」


「ぴ、きゅっ……!?」


 俺はいつものように無表情でそんな言葉を素っ気なく伝えてみると、眼前にいたのは誰がどう見ても真っ赤な顔面を携えて、フクラガエル以上に愛嬌のある声を出すかわいい生物がそこにいた。


 どうしてこのクソザコ先輩は敗北から色々と学ばないのだろうか。


 学ばないのか、あるいは学びたくないのか……いや、この先輩は色々とマゾヒストの毛があるので恐らくは後者の方であるのだろうけれども。


「と、とにかくですっ! さっさと昨日の私がされたみたいな声を出しやがれってんですよ!」


「昨日の先輩の声?」


「と、とぼけても無駄ですよ! 昨日の私は後輩くんに散々辱めを受けたじゃないですか! 本当に信じられないぐらいの辱めを! 誰もいない教室で! 2人きりで! いつものキスよりも刺激的な事を!」


「朝から何言っているんですか、先輩。いつも気にしている人の目をこういう時に限って忘れるのはよろしくないと思いますよ」


「人の目? 後輩くんは何を訳の分からない事を言って……はうっ!?」


 ようやく周囲……俺たちと同じ学校に通う学生たちの様子に気づいたのであろう学校1番の美人の顔は学校1番に赤くなる。


「ち、ちがっ……! そ、そういう意味で言った訳じゃ……! 本当に違う! 本当に違うからっ……! 私、まだキスしかされた事がないからっ!」


 誰も弁明しろだなんて言っていないのにも関わらず、パニック状態に陥ってしまった先輩は、両手で意味の分からないジェスチャーを用いて、勝手に更に周囲を更に混乱の渦に沈めるような発言を連発してみせる。


 本人はきっとこれが弁明になるに違いないと確信しているのだろうけれども、この世界はそこまで甘くなかった。


 おかげ様で『あれだけイチャイチャしておいてまだそれ止まりなのか』という視線が自分に突き刺さった気がしたけれども、そういうのはカップルの数だけ色々とある事であろうから深く考えないようにしておく。


「……むぐぐぐぐ……! よくも今日もこの私を辱めてくれましたね、後輩くん……!」


「勝手に自爆したのはどちら様でしょう」


「じ、自爆なんか、して、ない、し……!」


 口をもごもごと動かし、身体中をわなわなと震えせる彼女の姿は朝から嗜虐心を刺激させて心臓に悪いという事をこの先輩はいい加減に学習して欲しいのだけれども……それはそれとして、俺が先ほど先輩に抱いた疑問についてそれとはなしに尋ねてみる事にしてみる。


「わ、忘れたの? ほ、ほら、昨日の後輩くんが私の耳を気持ちよくさせて、私をおかしくさせたじゃない……?」


「覚えてますよ、昨日の先輩は本当にかわいかったですので」


「そ、そんなのは今すぐ忘れてっ! とにかくです! 不平等だと思います! 後輩くんが私をあんな目に遭わせたのに、私だけ後輩くんをあんな目に遭わせてません! さっさと酷い目に遭ってください!」


 中々にジャイアニズムを思わせる発言をしてみせる先輩ではあるけれども、先輩の表情から察するに本当に不満のようであるらしい。


 面白味に欠ける俺があぁいう目に遭っても彼女を満足させられるとは到底思えないのだが……どうにも、俺以上に彼女はそういうものを望んでいるらしかった。


 とはいえ、はいそうですかと素直に捧げるのも面白味に欠けるし、そういう趣味もしていない。


 出来るのであれば、一方的にそういうのはしたいというのが実のところである。


「まぁまぁ、落ち着いてください先輩」


「これが落ち着けられますか!」


「いいから落ち着いてください。ご自身の肩に糸くずが付いているのが気づかないレベルで落ち着いていないじゃないですか」


「えっ!? や、やだ、すぐに取るからちょっと待って!」


「取れてませんよ。見てられないので俺が取ってもいいですか」


「う、うぅ。お、お願いします……」


 そういう訳で先輩の許可を取った俺は、先輩の肩に手を置き、昨日触り慣れた先輩の髪にまた触れ、先輩の耳を露出させ――耳に息を吹きかけた。


「ひゃっう!? こ、こ、こ、後輩くんっ!? ふ、ふざけるのも大概にっ……!?」


「すみません。耳が弱い先輩が本当にかわいくて、つい。次はちゃんと取りますから、大人しく、じっとしていてくださいね?」


「ふ、ふん。わ、分かればいいんです、分かれば――んっ……! だ、駄目っ……! 息、吹きかけないで……! 早く取って……! お願いだから……! あんっ……! こっ、こら……! ちゃんと真面目、にぃっ……!? あぅ……! んぁ……!」

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冴えないモブである俺をからかって辱めてくる学校1番の美人先輩 VS 俺 🔰ドロミーズ☆魚住 @doromi

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