現象

その日は娘を両親に預けていたこともあり、食事を早々に切り上げて友人たちと別れ、実家に戻りました。

寝かしつけをしようと二階の寝室を覗くと、娘は私の父の横でとうに寝入っており、何だ、もう少しゆっくりしてきても良かったなと思いつつ、引き戸を閉めて階下に降りました。

そして、少し休憩しようとして居間に入ったその時――。


  ザ、ザ、ザァ―――……ッ!


突然、天井際のエアコンから何かが大量に零れ落ちる音がしました。


  (……氷……?)


氷の粒が落ちた。わけもなくそう思いました。

「ねぇ、今、エアコンから……」

台所で洗い物をしていた母に声をかけようとして、


 ガラ  ガラガラッ 

 パタパタパタッ


今度は二階の寝室の引き戸を引く音、そして短い廊下を軽やかに駆ける足音が聞こえてきたのです。


娘が起きたのかと思い、階段を上って再び寝室の戸を開けると、娘は先程と同じ寝姿で熟睡していました。父も軽い寝息を立てており、2人ともに起きた様子はありません。


と、ここでおかしなことに気がつきました。

最初に二階に上がって娘が寝ているのを見た後、私は確かに引き戸を閉めました。クーラーがついていたからです。

そして、さっき足音の直前に聞こえた開閉音は片道分。

つまり、引き戸は開いているはずなのに、今、私は閉まっている引き戸を開けて中を覗いた……。


ああ、М――先輩が来たんだ。

彼女の声が聞こえたわけでも、姿を見たわけでもないけれど、素直にそう思えました。

49日を迎えていない夏の夜。

久々にこちらに帰ってきた私に気付いて、懐かしく思ってくれたのかも。

茶目っ気のある人でしたから、突撃☆お宅訪問!なんてノリでついて来たのかもと想像するとなんだか微笑ましく、


「豪邸ではありませんが、自由に探検してください」


そおっと呟くと、再び引き戸を閉め、静かに階下に戻りました。

ほうきとチリトリを持って居間に入ると、エアコンの下には何も落ちておらず、母に掃除したのかと聞くと、何のこと?と怪訝な顔をされたものです。


                             (了)
































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訪ねてきた人 りんざき @rinzaki

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