きっと素敵な相関図

白川津 中々

◾️

人間の相関関係が分かるようになった。

人物を凝視すると、その人を中心とした相関図が浮かんでくるのだ。これが面白く、善い趣味ではないと分かっていながら他人の関係性を覗いてみては「へぇ」と心中で呟く。鈴木と林は交際しているが林は吉田とも蜜月であるといった情報はまるで古臭いドラマを観ているようなのだが、現実世界に起きているとなると興奮するものである。


さてこの特殊能力。他人に近い輩に対しては存分に発揮できたわけであるが、近しい者となると途端に及び腰となる。やはり倫理道徳。一定の信頼関係を構築した人物のパーソナルな部分を出歯亀するなど許されないと戒める(他人ならいいというわけではない)。だが好奇心には勝てない。押し迫る興味の前には倫理道徳心などマジノ線である。私はついに、交際している亜鳩君を凝視し、どれほどの愛があるのか確かめてやる事にしたのだった。




浮気とかしてたら刺し殺す。




前科一般となる覚悟完了。刮目。亜鳩君にとって私は如何なる存在か。




……え?




見て、目を疑う。彼の心には誰もいない。ただ、亜鳩花納音という一人がいるだけ。私はおろか、家族友人。同僚さえ存在しない孤独の相関図。自分以外は全員他人という世界が体現された闇深い相関図が、そこにあった。




マッジか……




ショックだった。彼の闇が、私が蔑ろにされている事が堪えた。彼は私に尽くしてくれた。私をお姫様にしてくれた。しかし、しかしこれはなんだ。これまで亜鳩君の優しさは何だったのか。何のための献身だったのか。私はさっぱり分からなくなってしまって、すっかり力が抜けてその場にへたり込んでしまった。




「どうしたんだい」




亜鳩君が駆け寄り私の手を取る。いけしゃあしゃあと、白々しく!


憎しみを込めた視線を送り牽制。近付くな哲学的ゾンビ野郎と声なき批判。が、様子がおかしい。亜鳩くんの相関図に、薄っすらと私の名前が浮かんだのである。そして私に向けられた感情は……




「……心配?」


「え?」


「あ、ごめん。心配してくれたのかなって」


「そりゃあ……突然倒れたらするでしょ」


「……そうだね。ありがと」


「もう大丈夫?」


「うん。平気」





場当たり的な会話で切り抜けソファに腰掛け一思案。倒れた私を見て浮かんだ相関性。心配。どうやら亜鳩君は心配により関係性を感じるようだ。歪んでいる。




……けれど、これは使えそう。




彼の心に私の名前を刻むには心配させるしかなかった。関係していると認識させるには、常に私が危機的状況におかれなければならないのだ。




なるほど、やってやろうじゃん。




意地であった。

なんとしてでも亜鳩君の心に私を刻みつけやりたかった。これは愛でも恋でもなく単純な矜持。女に生まれた人間の矜持である。




「亜鳩くーん!」




私はわざとらしく彼の名を呼び、駆け寄った。右手には包丁。左手首には鮮血。振り向いた亜鳩君は私に対して色濃く「ヤバい」との印象刻印。そう、それでいい。私を忘れるな。決して心から消してくれるな。籍を入れ、同じ墓にはいるまで。


38歳独身。相思相愛による結婚希望。女心は生涯全力。幸せな家庭を現実に……

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