スーパー読経マシーン ゴールデン親鸞くんDX

 礼一郎はまた寝返りを打った。

 ひたすらに、体が睡眠を欲していた。ぐっと目蓋まぶたに力を入れる。心を空っぽにして、何も考えないようにした。しかしながら、睡眠には至らない。ベッドに横たわったまま、覚醒と睡眠の境界を行ったり来たりしていた。


 1週間前に真上の部屋に引っ越してきた住人、それがとにかく五月蝿かった。

 音楽は四六時中鳴っている。足音は大きい。深夜でも平気で洗濯機を回す。

 今日に至っては、女と情事に勤しんでいるのか、喘ぎ声がやたらと聞こえてくる。男も、女も、とにかく大きい。あまりにも大きいので、男の方は随分とが早いんだなとか、要らない情報を得てしまう。


 管理会社や警察に連絡するという選択肢は無かった。上の住人は肩から腕までびっしりと刺青いれずみの入った、筋骨隆々とした男だった。自分が通報したとバレたら。そう考えると、背筋に冷たいものが走る。


 もう、我慢して寝るしかない。礼一郎はもう一度寝返りを打つ。


「痛っ」


 顔に、何かが当たった。目を凝らして見る。Awazon超お急ぎ便と書かれた箱があった。随分と大きい。洗濯機でも入ってそうなサイズだ。

 電気を点けて、開封する。中には金色こんじきに光り輝く、僧侶の像が入っていた。説明書も同封されている。「スーパー読経マシーン ゴールデン親鸞くんDX」という商品らしい。


「なんてバチ当たりなネーミングだ……」


 礼一郎は敬虔なクリスチャンだが、浄土真宗の祖をモチーフにしたネーミングに、不謹慎と感じずにはいられなかった。全身金色なのも悪趣味だ。

 ただ、Awazonが「10秒後にこれが必要になる」と言っている。ならば使ってみようと思う。

 コンセントに繋いでスイッチを入れる。


「如是我聞 一時仏 在舍衞国 祇樹給孤獨園……」


 ゴールデン親鸞くんDXが、読経を始めた。

 人間とは程遠い、カクカクとした動きで木魚を叩く。礼一郎は、心底不気味だと思った。しかし、その不気味な人形から放たれる深い低音の響きは、心地良く体に染み渡っていく。

 礼一郎は、ふいに目蓋が重くなるのを感じた。意識が、闇に吸い込まれるのを感じた。そのまま、眠りへと落ちていった。


 気がつくと、もう外が明るかった。時計を見て礼一郎は仰天した。既に正午を回っていたのだ。最近は遅くても6時くらいには起こされていた。

 今日が休みで良かったと思った。頭の中が、台風一過の空のように澄み渡っていた。体も軽い。こんなに快適な睡眠はいつぶりか思い出せなかった。

 ゴールデン親鸞くんDXは、まだ不自然な動きで木魚を叩きながら、読経を続けていた。

 スイッチを切る。こんなに心地よい眠りを提供してくれるなら、毎日使おうと思った。


 それからは、快眠の日々が続いた。

 辛い時も悲しい時も、ゴールデン親鸞くんDXさえ起動すれば、あっという間に眠りにつけた。礼一郎は毎日読経を聴いた。


 上の住人は、程なくして引っ越していった。

 更に数ヶ月後、このアパートに幽霊が現れるという噂が立つが、礼一郎が耳にすることは無かった。

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