塩・対応
宏人はカウンターキッチン越しに、部屋を見回した。
広々としたリビング・ダイニング、光を豊富に取り込む大きな窓、貼り替えたての洒落た壁紙。おまけに、駅まで5分と立地も良い。
こんな良い部屋が月20000円で借りられるなんて、なんて幸運なんだろうと思った。
宏人は、この部屋を内見したときの、不動産会社の人間の不安げな表情を思い出した。てっきり何かあるのかと思ったが、今のところ何も起きていない。
熱したフライパンに厚い牛肉を乗せる。脂の焼ける音と共に、和牛の豊かな香りが漂ってきた。家賃が安く済むのだから、これくらいの贅沢は許されるだろうと思った。
ふと、手元を見る。見覚えのない小包がそこに置いてあった。
Awazon超お急ぎ便。箱にはそう記されていた。
中には「あなたが10秒後に欲しいと思う商品をお送りします」という手紙と共に、「お清め」とラベルされた塩が入っていた。
その時である。部屋全体が大きく揺れ出した。食器棚は大きく軋み、蛍光灯が激しく明滅する。背後からは「デテイケ……デテイケ……」と声がする。
宏人は急いでビニールを剥がした。急がなければ。そう思えば思うほど、手元は覚束なくなる。簡単な包装だが、なかなか剥がせない。
宏人は力任せに剥がす。部屋はまだ揺れている。
「間に合え!」
宏人は、蓋を開け、勢いよく塩を振りかけた。
塩は、牛肉に、染み込むように溶けていった。宏人は安堵した。調味料を買い忘れていたことに気がついたのは、牛肉を焼き始めてからだった。
「入ってて良かったAwazonプライム」
宏人は鼻歌まじりにつぶやいた。
部屋は、まだ揺れ続けていた。声も響いていた。宏人は、何にも気づいていなかった。
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