4月4日① 黄金王との対面
まるで雲に包まれているみたいな豪華なベッドでたっぷり眠り、朝食にはフルーツがたくさん出た。
今までも、先生のおかげでどこへ行っても高待遇だったけれど、これは破格だ。
太陽が高くなる前には、玉座の間に通された。
これぞ城、といえるような赤絨毯と金ピカの装飾。だけど広さはそこまででもない。ところで、城自体はどこも砂や岩でできているようだった。
フードを目深にかぶっているので、隙間から伺った限りだが。
俺はいつもどおり「助手のサトー」と紹介され、入江の難破線捜索にも携わったとして同席の許可を得た。
いよいよ黄金王が現れ、人払いされる。
部屋には俺たち三人きり。
俺の緊張をよそに、王は玉座から降りて先生に握手を求め、先生も親しみを込めてそれを握り返す。
「急がせてすまなかった」
「かまいませんよ」
王の声はいくらか掠れて、思ったより細い。
迫力ある大男を想像していたけれど……、フードが邪魔で、まだ姿が見えない。
先生は一切へつらわずに対応していた。世界で勇者と崇められる人に向かって、近所のおじさんくらいの態度だ。
「それで、火急の用とは?」
「どうやら『二手』の連中が、何か知られたくないものを積んでいたらしい……」
「それは……?」
「現場にいたお前に聞きたいんだ。早ければ今夜、遅くとも明日中には使者が到着するそうだ」
先生は背中を椅子につけた。
「私を呼んだ理由はそれだけですか」
「何か見なかったか?」
二人のやりとりの間に、俺は思わず、フードの隙間から王を覗き見てしまった。
その瞬間、違和感に取り憑かれた。
彼は王冠をかぶっていた。もちろん、そりゃそうだろう。丁寧に後ろへ撫で付けた黒髪は肩に届こうとし、同じく長く伸びた髭と深いシワが威厳を感じさせたが……、しかし、どこかおかしい。
違和感の正体を捕まえたくて、つい見入ってしまったのがいけなかった。
無遠慮な視線に気づかないはずがない。
王は初めて俺の存在を視界に入れたかのようにこっちを見てきて、それで、目が合ってしまった。
そして同時に直感した。
「日本人?」
「日本人!」
黄金王と俺の声が重なる。
先生は俺を振り返った。
「サトー?」
「嘘だろ! サトーって、佐藤姓かよ!」
王は飛び付かん勢いで俺の手を取った。
「あ、は、はい。佐藤です」
改めて名乗ると、彼は大笑いしながら握った両手を何度も上下させてきた。振動でフードが落ちると、出てきた顔をまじまじ眺めて、さらに嬉しそうに目を潤ませる。
「なんて奇跡だ。日本人か! そうか!」
「我が王よ」と、フィスさんは王の興奮とは反対に声を落とした。「誰かに聞かれたらサトーが危険です」
「ここは私の城だぞ。それに、彼女に手を出す者は処刑してもいい」
「そんなことされたら、私が困ります」
この時の俺はなぜか、女性であるという設定を完遂してしまった。魔法で女になっていると言ってもよかったのに。
女子の懇願に、王は上機嫌になって笑った。
先生が以前言っていたことを思い出した。
「詳しくはわからないが、遠いどこかからここへやってくる人は時々いる」
それから、
「ゆっくり話できたのはお前が初めてだ」と。
この様子では、黄金王が〝遠い場所の人〟だとフィスさんは知っていたようだが……、どういうことだ?
その事実を、隠していたかったのか?
俺は疑問や混乱でいっぱいだが、先生は例によってすました顔をしているし、王はまだ気持ちが冷めない。
「こんな奇跡があるものなのだな。ここへ来てもうずいぶん長くなるが、日本人はおろか、元の世界の人間には一人も出会わなかったというのに。よく来てくれた」
異世界で、ひとりぼっち。
それはどれほどの孤独だろう。
運良くフィスさんに出会って、ここまでそれなりに楽しく過ごした俺には想像もつかない。
彼の苦労を思うと、俺まで目頭が熱くなる。
だが先生は、何か別に考えるところがあるのか、しきりに髭をしごいている。
「お二人は、同じ場所から来たと、そういうことですか」
「ああそうだ。だがお前には関係のないことだ。佐藤、少し話そう。二人で」
「あ、はい。喜んで」
王は先生の探るような目つきに気がついたのだろうか。
いずれにしても、この時の俺は王の気持ちなど二の次で、「これはニャイテャッチに攻め込まないでほしいと伝えるチャンスだ」と、それしか頭になかった。
先生の肩が一瞬揺れた。
俺を引き止めようとしたのだろう。
今にして思えば、そうすればよかった。
だが、俺たちは広いバルコニーに出た。
「本当に信じられない。もう日本語もうまく話せなくなってしまったというのに。ああ、懐かしい。すぐにわかったね。不思議だよ」
黄金王は歩きながら話した。
「海外で日本人に会うとすぐわかるのと同じ感じですね」
「ははは、海外には行ったことがなかった。初めての国外がここさ」
「それは、すみません……」
「いいんだ、気にするな」
ちょうどパラソル付きのテーブルがあったので、俺たちは
「私が転生者だということは、今まで一度も口にしたことがない。誰も知らないことだ」
と、黄金王は話しはじめた。
「一人で秘密を抱えているのはつらかったよ。一度、愛した女に打ち明けたら、頭がおかしいと笑われた。別の世界に行きたいなんて自分だってよく考えるし、夢でも見たんだろうって。たしかに、もう前世より長く生きてるし、記憶も薄いんだ。あのころは嫌なことばかりだったしね」
まるで堰を切ったように、彼の話は止まらなかった。
「きみはこっちへ来てどれくらいだ?」
「十日くらいです」
「なんと! まだそれだけか!」
俺の答えに、彼は大袈裟なほど驚いて、それから声を立てて笑った。眼下の城下町に響き渡るんじゃないかという大きな笑声で、なんだか恥ずかしくなった。
「それじゃこっちについて何も分かってないだろう。ずっとフィスといたのか?」
「はい。助けていただいて、それからずっと」
「どこだったか、今回調査に行ったのは」
「『七ツ森』のニャイテャッチです」
俺は正確に発音した。
「ああ、閉鎖的な女たちの村だな。覚えているよ」
「閉鎖的では、なかったです」
被害妄想かもしれないが、馬鹿にされたような気がして、俺はムッとなった。相手が王様であっても、日本の老害世代だと思えば怖くなかった。
逆に、彼は俺の心の機微など気にも留めない様子だ。
「おや、そうだったか。なんというか、カルト的な感じがしたので早めに見てもらったんだ。他人を寄せ付けず厳しい戒律の中に閉じこもっているし、性別で切り分けて排除しているのは不健全だと」
それはすごく、現在の地球っぽい考え方かもしれないけど……
「そうでしょうか……。素敵な場所だと思いました」
「この話はここまでにしよう」
と、彼はいきなり切り上げてしまった。
「すまない、こっちへ来てから議論癖がついてしまった。この世界ではしっかり主張していくことが肝心でな。安心してくれ、きみと争うつもりはないよ」
それを聞いて安心しながらも、俺は初心を貫き通した。
「あの村は、変わらないことに意味があると思います。どうか、あのままに」
その時の彼の微表情を、俺はちゃんと覚えている。
驚いて、不審がって、面倒くさそうに眉を下げて、誤魔化すように微笑んだのだ。
「彼女たちに何かしたりなんて、私は少しもするつもりはない。彼女たちが平和に幸せに暮らしていて、誰にも迷惑かけていないなら、自由にしていればいい。そんなことより、いま不幸な人を助けたいんだ」
「そうですか……」
誰かが彼女たちを「迷惑だ」と言ったら、途端に矯正されるということだろうか。俺は怖くなって、思わず窓の方を見てしまった。先生が恋しい。
「私は極悪人に見えるかい?」
不審感が透けて見えたのか、黄金王は俺の顔を覗き込んできた。
その瞳は、なんというか……空洞だった。
「私の話をしよう」
特別にというように、黄金王は含みを持たせて立ち上がった。
太陽が、空の高いところから彼を照らした。
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