4月2日 俺以外開けちゃダメなページ
俺はこのあとリリアさんの家に戻って、夕食をとったのちに先生と話す。
そして寝る前にこの日記を書いているわけだが、ひとつ、書き残そうかどうしようか迷っていることがある。
誰に見せるつもりもない、ただの個人的な日記といえども、そのことを記すのには躊躇してしまう。
……気恥ずかしいからだ。
だけどこれは魔法の手帳。先生の話によれば、俺だけが開くことのできる秘密のページを作るのも可能だとか。
それなら……、書いてもいいか、な。
今日感じたこの思いを、俺は忘れたくない。
だから、そうだ。やっぱり書いておこう。
文字にするのさえ恥ずかしいと思っていたけれど、文字にしたい。
ただ「なんか、よかった」だけじゃなくて、それが俺にとってどんな出来事だったのか、書いて整理したい。
あのあと、俺とリリアさんとのやりとりは、まだ続いたのだ。
リリアさんは鮮やかに微笑んで、どこも照れた様子なく言い放ったのだ。
「サトー、心強い。あなたが男だったら、あなたの子が欲しかった」
真正面から言われて、俺はこの時、とても穏やかな気持ちだった。
不思議だった。
子供が欲しいなんて言われたのに、情欲、昂り、エロ、ムラムラ……、それら欲望と結びつくようなすべての性的欲求は、削ぎ落とされていた。
「リリアさん。もったいない言葉です。……でも、望めたのなら、僕も」
「あなたの子なら、きっと良き戦士になったでしょう」
愛してる。
そう思った。
いや、より正確に表すなら、「愛おしい」だ。
その言葉の違いは、今は辞書もないし、よくわからないのだけれど、でも、本能的にそう思う。
愛おしい。
リリアさんのことが。
この村のことが。
そしてなぜか、俺自身のことも。
この世界のすべてが。
リリアさんと愛し合って、たとえそれがこのいっときのことだったとしても、心が通い合って、お互いを大切だと思える時間を過ごして、その結晶として子供ができたなら、俺はきっとその子のことを永遠に愛すだろうし、その子と、その子の母であるリリアさんと、その子が生きるこの世界のすべてを、ずっと、ずっと、愛していける気がした。
よりよい世界にしたい。
でも俺の体は、今、女性だ。
ああ、だけど、気持ちに偽りはない。
もしかしたら、愛しいと思う気持ちに、性別は、性は、性欲は、関係ないのかもしれない。
リリアさんの腕が伸ばされ、俺の頬に指が触れる。
鏡写しに。俺も同じ動作をしていた。
彼女の指は俺の頬を滑らかに撫であげ、涙をすくってくれた。
俺は、泣いていた。
生まれて初めてのセックスのチャンスに大事なものがなかったからなんていう、どうでもいい理由からじゃない。
悲しいから泣いたんじゃない。
あれは、嬉し涙だった。
目が合って、見つめ合って、そんな経験は一度もないのに、俺は自然と、リリアさんとキスをしていた。
夕飯までの短い間、俺はリリアさんと抱き合った。
ただ、抱きしめあっていた。
それだけでよかった。
抱き寄せられ抱きしめ返して、お互いの温もりを渡し合う。
それは、『愛を贈り合う』という言葉がぴったりだった。
もしも俺が男の体だったら、どうなっただろう。
つまり、彼女は、同じように思ってくれただろうか。
そうだ。これって、騙したことにならないか?
彼女は、女同士だからこそ、ああして抱きしめてくれたのでは?
だって、男の俺は……、リリアさんより弱々しくて、良き戦士になんかなれそうにない。
いや、そんな見た目の話をしたんじゃない。あの時の俺たちは、互いの、魂に触れて……
彼女に嘘をついている、俺の魂……
【もしかしたら、リリアさんとは二度と会わない方が、お互いのためかもしれない】
大きく書いておこう。
このことは、この手帳の中に閉じ込める。
でも忘れない。
美しい思い出。美しいリリアさん。
俺は、この世界を守りたい。
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