4月2日① 幸せの時間が過ぎる

 今朝、リリアさんが俺のために服を持ってきてくれた。


「ちょっと暑そうだったから」と貸してくれたのは、彼女が着ているのと同じ、麻のような素材の、花の刺繍で飾られた白いチュニックワンピースだった。


 彼女たちは、このワンピースの下に長ズボンを履いていたり、脛に布を巻いていたりした。虫刺されや、痒くなる草から足を守っているのだそうだ。


 反省と教訓のためにここに記しておこう。初めて『女性だけの村』と聞いたとき、俺は「女だけなら薄着なんじゃないか」と想像していた。数日前の自分を殴りたい。


 とにかく、そういうわけで、彼女たちの標準的な服装は、やや丈の長い上着に長ズボンだったので、服を借りたところで俺の姿もそう変わり映えしないものだった。


 先生が小声で、「大きくするか?」と聞いてきたのは無視した。服には余裕があったから、たぶん胸のことを言ったんだろう。


 着替える間、リリアさんは他の用事があるからと出ていったので、俺は昨日から気になってた村の習慣について先生に尋ねた。


「フィスさん、村の女性たちは身体的接触が多いように思うんですが。どう思います? 女性同士で恋愛感情が芽生えたり、しないんでしょうか」


 ここまで、なんとなく書き記すのが気恥ずかしくて触れずにいたのだが、彼女たちは、(欧米的な挨拶としてのものだが)ハグやキスを頻繁にするし、手を繋いで歩いたりしていたのだ。


 実は、最初のうちは直視できなくて、そういった場面に出くわすたび、そっと視線を外していた。


 先生は軽い朝食中で、葉っぱがついたままの小さなニンジンを咥えてこっちを見てきた。


「それは興味深い。聞いておいで」

「いや聞けるかい!」

「なんでだ?」


 なんでって、俺がリリアさんに恋してて「ワンチャンそういうことあるかな」なんて思ってるからです。


「私は建築や治水について教えてもらいに行く予定だ。大工と知り合えた。なので、お前は引き続きリリアさんからニャイテャッチの精神について学んできなさい」


 押し付けられたと同時にリリアさんが戻ってきて、着替えた俺を「似合っている」「村の子と変わらない」と、彼女なりに褒めてくれた。悪い気はしなかった。


 リリアさんは今日も村を隈なくぶらぶらする。

 俺はそれについて歩く。本当は男なのに。魔法で女性に、それもほぼ強制的に、させられているだけなのに。彼女とお揃いみたいな服を着て。


「フィスさん、今日は水源の方に行くんですってね」


 何も知らない彼女が天真爛漫に聞いてくるので、俺も、何もないように自然に振る舞う。


「ええ、好奇心の塊なんです」

「まあ、子供みたい。素敵ね」


 キラキラと、眩しいほどポジティブな回答に、俺は曖昧に微笑んだ。

 出会った二日前よりもずっと気軽に、リリアさんから俺にも質問が飛んでくる。


「ねえ、サトーはなぜ髪を短くしているの? 下の人たちは、髪の長さに意味を持ってる?」


 意味?

 どう答えたらいいだろう。ここの世界の人間じゃない。下の人たちの総意なんか知らない。


「ぼ、くは……、短いのが楽なので」


 とりあえず個人的な感想を述べると、彼女は嬉しそうに返してきた。


「そうなのね。私たちは長く豊かな髪が豊穣を表すと、生まれてからずっと切らないのが習わしなの」

「そうなんですか!」


 俺が目を丸くすると、彼女は何かを心得たように「ふふ」と笑った。


「あなたやフィスさんは、こういう話を聞きたいのよね。確かに私たちが自分から思いつくのは大変かも。だってここにいれば、何もかもがのことだから」


「そうかもしれません。僕も……、いえ、先生と世界中を見て回るようになって、思い知らされました。自分が今まで、いかに小さな世界で生きてきたかって。外へ旅行に出るのって、いいことかもしれません」


 最後まで言い切ってしまってから、俺は急いで付け加えた。


「もっとも、それも、帰る場所があるから言えることですし、そんなことしなくても、知見が広い人もいるでしょうけれど」


 彼女は俺の言葉を悪気なく受け止めてくれた。


「あなたたちが私たちのことを知りたいように、私たちもあなたたちを知りたい。下は今、どんな様子なの?」


「あ、あの、それは……」

と口ごもってしまってから、俺は初期設定を思い出した。

「実は、僕は事故にあって、いま記憶が曖昧なんです。どんな生活をしていたかも、ここがどんな場所なのかも……」


「まあ、それは大変……。ご家族も心配しているでしょうね」


 ……家族。


 リリアさんが、さっと俺の手を取った。

 いつの間にか俺は、自分の胸元を、花の形が変わるくらい握っていた。


「サトー。私たちも水源に行きましょう! 虹が見えるかも!」


 日に焼けた健康的な手が、真っ白で頼りない俺の手を取って引く。

 まるで手を伝って、彼女のエネルギーが流れ込んでくるようだった。


 体も、心も、暖かくなる。


 俺はその手を握り返していた。力強く。離したくないと。

 

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