3月31日① 三長老との会談

 日の出とともに野営地を片付けて出発し、森に入ると、少し行ったところで前方に武装した一団を見かけて驚いた。


 恐怖で身が固まった。

 強盗か? こういうの、なんていうんだけ? 野伏せり?


 しかし咄嗟に思ったのは、殴られる怖さよりも被害だった。

 女体化すると、本能的な恐怖も変わるものなのだろうか。


 ところでこの武装集団については、恐れる必要はなかった。

 我々の迎えだったのだ。


 六人の戦士と、案内役が一人。


 高山地帯だからか、全員浅黒い肌をしていた。豊かな黒髪を三つ編みにするのが基本らしい。


 兵士たちは一見男性くらいにゴツいし強面だった。長袖長ズボンの上から薄く軽そうな革の胸当てと籠手、脛当てを装着して、手には短い槍や弓矢を持つ人もいた。ここって、そんなに危険な場所だったのか。


 兵士に守られていた人は、刺繍が美しいチュニックにふんわりした長ズボン。布製らしい靴にもたくさんの刺繍が施されていて、頭には花冠をつけていた。


 綺麗だった……。


 そんな彼女が、ふわりと微笑んだ。


「おかえりなさい、フィス」

「お久しぶりです、リリア」


 リリアさんっていうんだ……。


 って、何この胸の高鳴り。

 もしかして、女子って一目惚れする生き物?

 今までの人生でこんな経験ないんですけど。


 俺は混乱しながら、先生とリリアさんの笑顔の握手を眺めていた。


 最初はそんな浮かれ半分、自身の反応に困惑していたこともあり、大して違和感を覚えていなかったのだが、森を抜けて村の入り口まで来たあたりで、ふと、あることに気がついてしまった。


 どうやら彼女たちが警戒しているのは野生動物や強盗の類ではなく、先生その人のようなのだ。


 それが、彼女たちの視線や、ほんのちょっとした動作の中から感じ取れた。


 木々が途切れ、視界が開ける。

 村には、壁や囲い、門もなかった。


 ここまでは強盗団なんかは来ないということだろうか。仮にそうだとしても、女性だけの集落なんて、もっと警戒してもいいのではないか。この戦士たちが飛び抜けて強いと言われたら、納得してしまいそうだが。


 今にして思えば、蜥蜴岩村もそうだったので、この世界では外敵に襲われる心配が少ないのかもしれない。平地の人たちが恐れているのも、動物やモンスターではなく、たぶん『人』なのだ。


 家はレンガや石で組まれていて、アンデスとか、地球の高山地帯と変わらない様子だった。


 異なっているのは、空気がすごい潤ってるということだろう。全然乾燥してないから、こんな高い場所にまで森がある。そこここに花が咲いていて美しい。


 ……ここの大気って、どうなっているんだ。


 俺は一人くだらないことで頭を悩ませ、先生とリリアさんは笑顔を絶やさず天気の話などをしながら、どんどん坂を登って村の奥へ。


 頂上には、大きなドームがあった。


 これは、この世界の建造物としてそれをどう表現していいかわからないからドームと書くのではない。


 本当に


 粘土などで作ったらしい巨大な南極のかまくら、イグルーみたいな建物だ。


「長老たちがお待ちです」


 リリアさんに促され、先生は俺に「ついて来い」と目配せしてきた。

 むしろ置いていかないでください。


 先生が狭い入り口に入り、暖簾を潜るのに続く。

 布は何十センチかおきに何枚も垂れ下がっていた。色とりどりの布を捲るたび、お香のような香りと、暗さが増していって、まるで異世界への入り口のように思えた。


 少し後ろをリリアさんがついてきている。兵士たちは外で待機しているようだった。


 数メートルある細長い通路を抜けると、中は柱などなく、がらんとした薄暗い空間に出た。

 ぐるりと壁に、ゆらめく炎が設置されている。蝋燭ではない、謎の明かりだった。


 中央には美しい敷布があり、先生はそこに向かってまっすぐ歩いて行った。たぶん来客用のマットなのだろう。


 近づいていくうちに、あることに気がついて、俺は声をあげそうになった。


 奥に三人、老婆がちょこんと座って、こちらをじっと見ていたのだ。


「よく戻られた」

「『知識の塔』のフィス」

「約束に従い滞在を許そう」


 暗がりにうずくまった三人の老婆が、順番にそう言った。

 まるで三人で一つの生き物みたいだ。


 三人とも長い白髪をひとつに結わき、暗い色をした着物のようなローブを羽織って座布団の上に座っている。光を反射した眼球が時々光って見えた。


「しかし」と、右の老婆。

「われらの間に隠し事は不要」と、左の老婆。

「『黄金王』の使者、フィスよ。お前を信用してよいものか」


 中央の老婆は、まっすぐ先生を見て言った。眼光の鋭さが半端ない。


 正体、バレてんじゃん……。


 俺は半歩前に座っている先生を思わずチラ見した。

 そういう所作で彼らの不信感を煽ると分かっていたけれど、ほとんど反射で動いてしまっていた。


「黄金王様は如何なるお考えか」


 三人のうちの誰かが質問した。

 誰だかは問題ではないような気がした。


 先生が答える。


「黄金王は、新しく国民になった皆さまが、どのような暮らしぶりか、また、不自由ないかということが気がかりなのです」


「どれほどの生活か見て、攻めてくるということはないのか」

と、老婆のどれか。


 先生はまた間髪おかずに、澱みなく答えた。


「不安になられることも承知しています。無理からぬことでしょう。しかし、我が王は純粋に国民すべてが幸せに、決して今までの生活を壊さず生きられることをお望みです」


 俺は聞きながら、黄金王という人に会ってみたいと思った。


 世界征服するような人は傲慢で、独善的なのだと思っていたけれど、どうやらここの王様は違うらしい。

 それが建前なのか本気なのか、できることなら直接会って、目を見て尋ねてみたかった。そんなことが叶うかどうかはわからないけれど。


「ならば、存分に見て回るとよい」

「われらの神を知り、われらの生き様をしかと見ていきなさい」

「だが、兵力については知らんでもよろしかろう」


 老婆たちは信用しないと決めているらしい。


「滞在と調査の許可をしていただき、ありがとうございます。勝手に助手を連れてきたことをお許しください。孤児みなしごの世話をしているところなのです」

「リリアにまかせる」


 老婆たちは、俺のことなど眼中にないようだ。

 先生が頭を下げるので俺もならって、平静を装ってドームを後にした。


 明るい日差しの下に出ると、目が痛いほどだった。

 あのお婆さんたちは、ずっとあんなところにいるのだろうか。


 前を行くリリアさんが、さっと振り返ってきた。


「さて、どこから始めましょうか」


 微笑む彼女がキラキラして見える。

 彼女の衣服は花模様でいっぱいだ。生花でできた花冠も輝いている。


 先生が「最初から」と注文したので、リリアさんに先導され集会場という村の中心あたりにある広場へ歩きながら、まずは神話の話になった。



 ここは女性だけの村、『ニャイテャッチ』。


 それは、神の名なのだという。

 

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