第11話 ギャンブル

もうすぐ、夜が明ける。今のうちに邸を出よう。これ以上、話し合いの場に立つことを考えるだけで頭が痛くなる。私にはその覚悟も気力も残っていない。


クロード様に手紙を書く。短く簡潔な文面だが、それが今の私の精一杯だ。書き終えた後、少しの間、手紙を見つめてから封をし、そっと置いた。私は一つだけのカバンに荷物を詰め込む。驚くほど少ない荷物だったが、今の私にとって必要なものはわずかしかなかった。


今の私にとって大切なものは、このネックレスだけ。



しかし、ふと気づく。お金がない…。ほとんど無一文であることに思い至ると、冷や汗が背筋を伝った。でも、ここに留まったところで、状況が好転するわけではない。


高価な持ち物などないけど、持ち合わせているものを売って、なんとかやりくりするしかないわ。



降りやまない雨音に紛れて、邸を出る。




***********



ちらほらと明かりがついている家もあるが、なかなか雨宿りができそうなところがない…。うぅ、靴の中が気持ち悪いわ。買取の店の前までたどり着いたが、これからどうしよう…。



「あんた!どうしたんだい。そんなにびしょ濡れで」


傘をさした気の良さそうな女性が、慌てて駆け寄ってきた。彼女の顔には心配そうな表情が浮かんでいる。


「実は、遠く離れた兄に会いに行こうと思っているのですが、お金がなく、そこの店が開くのを待っているのです。」


「何言ってるんだい。まだ、開店まであと1時間はあるよ。何だってまた…いいとこのお嬢さんだろ?親は一緒じゃないのかい?」


 

「両親は亡くなっております…」



「…そうだったのかい。よし、とりあえず、このままだったら風邪をひいてしまう。私は、マリーって言うんだ。狭いけど家においで」



ありがたい申し出だが、見知らぬ人についていくのは少し怖い。どうしようか迷っていると、マリーさんは強引に私の手を引いて、そのまま連れて行った。


マリーさんの家に着くと、幼い兄妹が迎えてくれた。家は確かに狭いが、温かな空気が流れていた。



「…おねえちゃん、だれ?」


「着る物を濡らしたらな、母ちゃんに怒られるぞ」


「何で母ちゃんがお客さんを怒るんだい。ほら、コリーもアリーもお姉ちゃんにタオルを持ってきておやり」



子供たちは素直に従い、タオルを持ってきてくれた。私はそのタオルで濡れた髪や服を拭きながら、心の中で少しずつ暖かさが広がっていくのを感じた。



「ほら、あんたもお食べ」


マリーさんが差し出したのは、温かいスープとパンだった。



「まあ、口に会わないかもしれないけど我慢しな」


スープを一口飲むと、涙が一筋こぼれた。


「温かい…、とっても…おいしいです」


久しぶりに食べた温かい食事。心遣いも暖かい。



「泣くほどうまいかこれ?」

コリー君は笑いながら言い、マリーさんに頭を叩かれた。


「おねえちゃん、これで、チーンってして」



小さな幸せが、ここには溢れている。




***********





「…今帰ったぞ」


「あっ…父ちゃん」


子供たちが一斉に顔を曇らせ、部屋の隅に避けた。


「何しに来たんだい。」

「は?自分のうちに帰ってくるのに、何しにってなんだよ」



男は不機嫌そうに答え、部屋を物色し始めた。



「1週間も帰ってこなかったんだ。何しにって言うだろう!こないだ持って行った金はどうしたんだい!あれは、この子たちの服を買おうと思っていた金だよ。まさか、またギャンブルにつぎ込んだんじゃないでしょうね」


「つぎ込んだに決まっているだろ!」

男の声が荒々しく響いた。



「あんた!!子供たちが可愛くないのかい!」

マリーさんは声を震わせながら叫んだ。




「…可愛いと思っているさ。初めは、いいもの食わしてやろうと思って…。はっ、お前にはわからないだろうな…ギャンブルの、上手くいったときの喜びや興奮が忘れられないんだ。ああ、やめようともしたさ!でも、無理だった…どうしようもないんだよ!!」



男は膝から崩れ落ちる




「…馬鹿だよ、あんたは…」


マリーさんの声には、呆れと悲しみが混じっていた。きっと泣いているのだろう。声が震えている。




上手くいくかどうかわからないけど…




「あのー、私、それ何とかできるかもしれません。」


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