第12話 約束

全員の視線が、私に集まる。緊張が胸に押し寄せるが、私はそれをぐっと飲み込んだ。



「…誰だお前」



先に声を発したのは、この家の主人であろう男だった。彼の声には苛立ちが混じり、険しい顔つきがその感情を裏付けている。彼の問いかけは鋭く、私の心臓が一瞬跳ね上がるのを感じた。



「私の客だよ!ああ、すまないね。変なところを見ちまって」



優しさが滲み出るような声が、少しだけ場の空気を和らげる。



「…なあ、父ちゃんのこと何とかできるのか?」


コリー君が、私を見つめながら口を開いた。彼の瞳には、父親を救いたいという強い願いが込められている。私はその瞳を見つめ返し、決意を固めた。



「私、魔法が使えるの。何の魔法かは詳しく言えないけど。…マリーさん、その、勝った時の喜びや興奮を忘れることができれば、恐らくギャンブルから離れられるかもしれません」




私は慎重に言葉を選びながら話し始めた。依存を断ち切ることはできるだろう。だが、その魔法の代償についても正直に伝えなければならなかった。



「そんなことができるのかい?」


マリーさんの目が大きく見開かれた。その瞳には希望と不安が交錯している。彼女にとって、この提案は救いの手であると同時に、未知の恐怖でもあるだろう。




幼い頃の楽しかった思い出を辛かった記憶を少しずつ消していたのは私だった。楽しい思い出を思い出すたび涙が溢れてしまうことに耐えられなかったから…思い出せないのではなかったのね。馬鹿な私。そのことすら忘れてしまったっていたなんて。



「ええ、ただ一部とはいえ感情や記憶を消すので…その、大事なことを忘れてしまったり数日寝込んだり…あ!日常生活には戻れますし、死ぬわけではありません」


私が自分で実証済みだ。しかし、魔法の力がもたらす影響は、甘く見るべきではない。




「いいんだよ。例え、上手くいかなくて死んだとしても。馬鹿は死ななきゃ治らないって言うしね。」


「何言ってんだお前!」


「いいから!死ぬ気でやってみな。上手くいってもいかなくてもあんたを見捨てたりはしないさ」


マリーさんが力強く言い放つ。その決意は、夫を救いたいという強い願いに支えられているのだろう。彼女の目には涙が光っていたが、その背筋はしっかりと伸びていた。



「…頼む。俺を何とかしてくれ。頼む」


その様子を見たマリーさんの夫は、深々と頭を下げた。



「それでは、寝込んでもいいようにベットに横たわってください。」


「…やっぱり、寝込むのか」



不安そうな声がマリーさんの夫の口から漏れる。



「なんだよ、父ちゃん男だろ!頑張れよ!」

「おとこだろ、がんばれよ」



「はは…すまない。そうだな」


ベンさんが少し笑みを浮かべた。その笑顔はかすかだが、家族の支えが彼を勇気づけているのがわかる。



「では、いきます」



私は深く息を吸い込んで、魔法を発動する。暖かい家族の光景が心に浮かび、マリーさんたちの幸せを守りたいという思いが強く胸に広がる。見知らぬ私にも親切にしてくれたこの家族。この家族の笑顔を奪うものを、消し去らなければならない。


強く願う。私の思いを込めて。



「うぅぅ」



「父ちゃん!大丈夫か」



ベンさんが苦しそうに呻く。少しふらっとしたが、私の体も問題ない。魔法は成功したのだろうか?私は祈るような気持ちで様子をうかがう。



「終わりましたが…体調はどうですか?」


私は慎重に尋ねた。ベンさんの顔に浮かぶ表情を見逃さないように。


「すっきり、したような気がするが…よくわからない」


彼の言葉にはまだ不安が残っているが、以前よりも穏やかな表情が見て取れる。少しの時間が経てば、効果がはっきりと表れるだろう。



「そうですね、しばらく様子を見ましょう」



私は安心させるように微笑んだ。

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