第10話 強く願ったら

雨はやむことなく降り続け、心を打ち続けた。その冷たい雨滴に打たれながら、一番やりたいことを考えた。



「侯爵家に、あの頃に帰りたいわ」



幼い頃、両親と過ごした侯爵家の思い出は宝物だった。しかし、その侯爵家の邸は、管理が難しいという理由で売ってしまっている。もう戻る場所はない。



「そうだ、侯爵家の領地に行こう」


両親との思い出が詰まった領地。あまり豊かではない土地だが、野山を駆け回ったあの日々。幼い頃はその地で暮らすことを夢見た。領地にいるお兄様はその願いを聞き入れてくれるだろうか。




優しく美しいお兄様。思い出の中にある兄の姿は、いつも温かかった。幼い頃、彼は水魔法で綺麗な虹を見せてくれたし、小さな土人形を作り、それを動かして遊ばせてくれた。土人形の動きが可愛らしくて、夢中で遊んだわ。

あまり豊かではない侯爵家の領地のため、魔法学院で、水魔法と土魔法を極めたと聞いた。その腕前は、隣国の魔法省から声がかかるほどに。

『亡くなった両親とリアの大切な領地だ。私に任せて』と書いてあった手紙をもらったのは、何年前だっただろう。



きっと土壌を豊かにして、作物をとれるように努力しているのだろう。お忙しいのだわ。でも…



お兄様がどれほど忙しくても、何年も手紙を書いてこないのはなぜだろう。

私の誕生日も忘れてしまい、会いに来てくれないほどに…本当にお忙しいのだろうか


もし、それが忙しさからではなく、私を忘れてしまったからだったとしたら?

あるいは、侯爵家を継いだ彼が、私の機嫌を取る必要はないと考えているのだとしたら?



クロード様も変わってしまわれたのですもの、遠く離れたお兄様が変わってしまっていても不思議ではないわ



最後にもらったプレゼントのネックレスを握りしめる。


『これは、リアを守ってくれるように願いを込めたものだから、ずっと身に付けていてね』


決してクロード様の継母に奪われてはいけないと、寝る時もずっと身に付けていた。




***********




年に数度しか戻ってこない伯爵様は、私を大切にしてくれた。しかし、遠回しに言い過ぎたのか、私の現状は何も改善されていない。そもそも、クロード様のために私を大切にしてくださっているだけ。体にこんなに負担がかかっているのに、魔法を使うことを止めさせることもない。


私がしていることも、あの靄のことも、クロード様に伝える気がないのはなぜかしら。伝えてくれたらまた、クロード様の気持ちも違ったかもしれないのに…


…そうだわ、なぜ気付かなかったのかしら。伯爵様も私を苦しめている一人にすぎない。



伯爵様に私のことを頼まれているはずなのにぞんざいな扱いをする継母。継母の指示に忠実な使用人。クロード様との仲を深め、王女たちと一緒に蔑んでくるフルール。



私に何かと絡んでくる王女と公爵令息。絡んでくるのはクロード様とフルールのことを応援しているからだけではないだろう。あの二人は確か魔法を使えなかったはずだ。闇魔法とはいえ、希少な魔法を使える私が気に入らなかったのだろうか。


他の生徒は、王女たちが私を疎んでいることを知っている。闇魔法の誤った噂にも流され、私を遠巻きで見ている。恐怖、侮り、拒絶、蔑視、そんな視線を向けて。



クロード様は…ああ、あの方は良くも悪くも昔から優しかった。


色々な人の想いを推し量り何も言えない優しいクロード様

私の扱いを知り、気遣いの言葉だけかけてくださる優しいクロード様

フルールと気持ちを交わしても、私を見捨てず伯爵家にという優しいクロード様



自分の狭い世界を見渡し、その中にいる人々を思い浮かべた。



誰も彼も…もう、いらないわ




お兄様が私を疎んだら

記憶の中のお兄様と違ったら…



消えてしまいたいと今度こそ強く願うだろう。

強く、もっと強く願えたのなら…




この世からこの世を消すのもいいだろう。

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