8/19「龍神の祠へようこそ……? し、白蛇なんか怖くない」
「「おいひぃっ〜」」
その反応、姉妹だなって思う。明けて8/19。今度こそ龍神の祠に挑もうと意気込んだが、その矢先。
お寺に――寺カフェのオープンテラスで、俺が作った弁当に舌鼓をうってくれていた。うん、悪い気はしない。時短料理研究同好会で磨いた腕が、うなるというものである。
「でもさ、マサ君。ソフトから野球に行くんじゃなかったの?」
と紅葉がコテンと首を傾げる。目の前の清楚系美少女と、以前は野山を駆け、キャッチボールをしあった関係だと、誰も信じまいい――いや、むしろコイツの
昨日の帰り際、紅葉のクラスメートという女子とすれ違った。
がしっと手を握られる。
――佐竹を女の子にしてくれてありがとう!
なんなら、今にも泣き出しそうな有様で。そりゃそうか、と記憶をかき集めながら思う。以前の、紅葉のクソガキ振りを思えば。だいたい、この集落出身ということは、イコールで
それ云々より、佐竹姉妹から冷気を感じたのは……きっと気のせいだと思う。
――佐竹を狙っている男子は多いから、その手を離しちゃダメだよ。
そう気遣ってくれる始末。でも、と思う。そもそも、俺にそんな資格はないような気がする。この夏休みが終わったら、
「……中学は、野球部だったよ。ついていけないって思ったから、そこで止めたんだ」
雑念を追い払って、そう事実を告げる。
「じゃあなんで、次元料理研究会に入ったの?」
「異次元の料理なんか、追求していないからな?!」
本当に、紅葉は適当塩梅というか。感覚で生きる様は、相変わらずだって思う。とりあえず、うちの部員に謝れ。
「……理由は、青かな」
「私?」
予想外だったのか。青が、目をパチクリさせる。
「うん。ほら、昨日の涸れ井戸の……5年生の冒険の時さ、クッキーを焼いてくれたじゃん。店のクッキーより、美味いって思ったの」
「……あれ、お母さんと一緒に作ったヤツだから」
青がふいっと、そっぽを向くけれど。耳朶の赤さまでは隠せない。正直、あの井戸を抜けて鍾乳洞を進む中。青のクッキーが勇気をくれたのを――思い出した。
龍神の祠に到着したところで、村も帰ってこない俺達を心配して、捜索隊を結成。冒険は、そこで一時、小休止となったワケだが。
「……なんか、二人で分かったような空気を醸し出しちゃってさ」
「「別にそんなことないけど?」」
声がハモった。
「良いけどね。後で、青葉か聞きくし。それにしても……マサ君がここまで料理が美味いって、ちょっと負けた感あるなぁ」
と紅葉は美味しそうに、卵焼きを頬張る。
「ボクも料理、頑張ってみようかなぁ」
「「絶対、止めた方が良い」」
また青と俺の声がハモる。
「ちょっと?! 失礼も大概じゃない?!」
拗ねた紅葉を宥めるのに、四苦八苦したやりとりで二万字は越えそうなので、ここは割愛。日記の許容量を大幅に超えている。
空になったお弁当箱は、お寺の住職さんが預かってくれるというので、その心遣いに甘えることにした。
「いってらっしゃい。祠の辺りは道が悪いから、気をつけてくださいね」
丁寧に住職さんが、一礼して、手を振る。
俺達も慌てて、一礼をして。それから手を振った。何から何まで、本当に申し訳ないと思う。一瞬――住職さんのお尻から、尻尾が見えたような気がして。
「……どうしました?」
「あ、いえ」
講堂の中の、飾られた掛け軸に目を向ける。
開祖、集落の人々を困らせた悪戯好きの篠崎狐に罰を与えたという。掛け軸は、開祖が墓所の掃除を命じているところであった。
(掛け軸を見過ぎたのかな?)
首を捻りながら、尻尾のない住職さんにもう一度、一礼して佐竹姉妹の元へと向かう。
「お姉ちゃん、祠はそっちじゃないよ!」
青の声が響く。
佐竹紅葉、今も方向音痴は相変わらずのようで。そういうトコ、やっぱり
青にばかり、負担をかけるワケにはいかないから。俺は、慌てて二人に向かって駆けた。
■■■
「記憶、集めちゃってますねぇ。どうしましょ? あんまり、お仕事はしたくないんですけどねぇ」
■■■
ぴちょん。
滴が落ちて――首筋を濡らす。その度に、俺がびくんっと体を震わす。
「もう、マサ君。驚き過ぎだって」
「いや、だって――」
バサバサバサ。
コウモリが羽ばたく音を聞いて、さらに身を縮こませる。ヨシヨシと、青が俺の髪を撫でた。
「まーちゃん、大丈夫だからね」
「あ、いや、あの……」
いざ、そうされるのはちょっと恥ずかしいんだけれど。
「あの、青? コウモリって夜行性じゃなかったの?」
「そうじゃないコウモリもいるし、特に私達は彼らのテリトリーに入ったからね。こっちから手を出さなければ、害はないよ」
「マサ君、ボクも慰めてあげる」
隣からも、よしよしと髪を撫でられた。
「あ、あのさ。宝の地図って、青が作ったヤツなんだよな」
「ボクも手伝ったよー!」
「
「ひどくない?!」
「でも、ニセモノなわけだから。無理に、頑張らなくても――」
「それは違うよ、マサ君」
にっと、紅葉は笑む。
「なんだよ?」
「ボク達は、5年前の冒険をもう一度しているの。言ってみれば、マサ君が記憶という宝物を思い出すのが、僕らのゴールってヤツだからね」
「そう言われたら――」
仕方ない、と俺は小さく息をつく。
と、紅葉がニヤリと悪い笑みを溢す。
「へ?」
「そんな慎重派のマサ君にプレゼント。ショック療法って大事だと思うんだよね」
「は?」
「……ちょ、ちょっとお姉ちゃん?!」
「これ、なぁんだ?」
「◎$♪×△¥●&?#$!?」
俺は息を呑み、声にならない声をあげる。
紅葉は白蛇の首元を掴んで俺に向けて差し出し――それから。
ぴちょん。
水滴が落ちる。
等間隔に。
多分、1分に1滴。それぐらいの感覚で。
時が止まったかのように、紅葉も青も微動だにしない。俺も指先が少しも動かない。声も出ない。目の前の白蛇が、うねうねと体動していた。
■■■
「忘れていれば、良いものを」
その声に、俺は目を大きく見開――けない。動けない。まるで微動だできないのだ。
「あぁ、無理無理。今、金縛りにかけているから。俺、忠告したはずなんだけどな。この子達は俺の巫女だから、中途半端な覚悟でなれ合うなって」
なんだろう。
どうして?
この声。
このやりとり。
以前、同じように交わしたことがある気がする。
「しばらく、大人しくしていたかと思えば」
白蛇がその口から赤い舌をのぞかせる。紅葉の微動だにしない手の甲。ちろちろと舐める。
「
喉が締まる感触。蛇が蜷局を巻き、圧迫されるような。
「なんなら、童。お前の目の前で、巫女を愛でようか?」
蛇の尾が、にょろにょろ揺れて。そして幾重にも分裂した。紅葉の口を撫で。抱きしめるようにその肢体に巻き付き。青葉の髪を撫で、そしてブラウスの裾から奥へと侵入を試みる。
そんな二人を見ながら、俺は何もできずにいた。
喉へと、さらに圧を受ける。
でも、目を閉じることも許されない。
目が乾く。
指先が少しも動かな――。
「……マサ君?」
「……まーちゃん?」
何故か、二人の声が鼓膜を揺らす。蛇の目が、俺の瞳孔に灼きつく。蛇の目を通して俺が目を大きく見開き。その目を通して、蛇を。その目が映す、紅葉と青葉を見る。繰り返す。続く。繰り返す。リピートする。回り続け、廻って。まるで万華鏡のように――。
「
体だが動く。
蛇がにゅるっと、その身を揺らす。
その口が歪んで。
笑んでいた。
蛇が言葉を刻む。灼きつくように、俺の胸へと刻んで――。
■■■
ぴちょん。
首筋に、水滴が落ちて。
冷たい空気が、喉の奥底へと流れていくのを感じる。
「マサ君?」
「まーちゃん?」
「え?」
心配そうに紅葉と青が、俺を見やる。
「あ――え? あれ?」
見回す。
蛇はいない。どこにもいなかった。
「しっかりしてよ?」
「え?」
「中学時代の紅葉ちゃんの武勇伝を話していたんじゃん。100人切りの話を、ね」
「100人も振ったの?」
「違うっ! ゲームセンターの音ゲーで勝負して勝った話! そもそも、うちの全校生徒、100人もいないから!」
「……お姉ちゃん、本当にしょうもないよ。もっと勉強しよう?」
「ボクは、マサ君と大人になる勉強しようかな」
「それはダメ!」
青と紅葉は、まるでじゃれているようで。本当に仲が良いと、思わず頬が緩む。
「まーちゃん、ダメだからね!」
なぜか、青にゲシゲシ脛を蹴られて。それはちょっと理不尽じゃないかと思いながら。まるで自分が独占するんだといいた気で。そんな青に引き寄せられる寸前――彼女の足がピタリと止まった。
「あ、ついたね」
青の言葉に反応して、紅葉も俺も、同じタイミングで足を止める。
正直、記憶にな――い?
いや。
ある。
祠というには、違和感があった。
木造の小さな寺院。この村のお寺――晶卿寺の講堂、それを完全にトレースしたミニチュアの祠だった。だが、特筆すべきは講堂を蜷局巻くように、蛇が巻き付いて。舌を出して、まるで見る者を威嚇するようで。
「ここがね、龍神様のお堂だよ。拝んで帰ろう」
「……そうだね」
青葉が呟き。
紅葉が珍しく、素直に応じる。
ちろちろと、祠の偶像でしかない蛇が、舌なめずりをした気がした。
――改めて、龍神の祠へようこそ。当時の童は『白蛇なんか怖くない』って俺に啖呵を切ったのものだが……まぁ、これでよく分かった。なぁ、童。お前に、巫女は相応しくない。とっとと、街に帰れ。
夢と言うには生々しく、今も蛇の声が響く。
洞窟内を反響するように。
延々と、うぉんうぉんと。きんきんと。反響して、反射するように。
蛇の声が響く。
――童、お前は
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