8/16「蔵の探検。宝の地図、みーつけたっ」



「ねぇ、母さん」


 紺野家、朝の食卓。爺ちゃん、婆ちゃん、父さん、母さん、そして俺で食卓を囲んでいた。去年は受験があったから、来なかったけれど。2年前、3年前は引きこもっていたから、朝寝坊が常だった。


 でも、今年はそうもいかない。

 必ず、姉妹が――もしくは片方が押しかけてくるのだから、おちおち二度寝もできやしない。(したけど)

 結果、アッチにいた時よりも規則正しい生活をしている俺だった。


「……紅葉ちゃんか青葉ちゃんか。それを親に聞くような最低の質問でなければ、答えてあげるけど。それで、マサ、なぁに?」


 あんまりな一言に、俺は飲んでいたお茶を咽せこんでしまう。


「……ゲ、けほっ。い、いきなり何を言って――」

「別に、マサの問題だから良いけどね。私がどうこうしようとは思わないけど」

「……ウチの集落は、理不尽に女子を泣かせたら村八分だから、ね」


 ズズズとお茶を啜りながらの、婆ちゃんの一言もなかなか酷い。


「ま、決めるのはマサだろ」


 爺ちゃんが、パリポリと胡瓜の浅漬けを噛みしめる。


「……」


 いや、父さん。食べた振り止めて。ご飯茶碗、空だろ? そこは何か言ってくれ!

 でも……分かっては、いる。


 単純な友人としての好意としては、片付けられないくらい、二人の想いは大きい。

 単純に見比べたら、紅葉もみ砂澤すなざわ君はお似合いだって思う。実際、彼は紅葉もみのことを真剣に想っているのだろう。それに比べたら俺は、思い出せない記憶に翻弄されて、フワフワしている。


 まして、夏休みが終わったら俺は、アッチへ帰るんだ。軽はずみな言葉なんて言えやしない。


「あのさ――」


 だから、あの子達の気持ちを受け止めるためにも、俺は――。


「5年生の時の写真とか、残っていないの?」


 たったこれだけの言葉を紡ぐために、ありったけの勇気をかき集めないと行動できない俺は、本当に意気地なしだった。






■■■






 ギギギッ。

 家の離れに建つ倉の戸を開けた。


 整然と積み上げられた箱に日の光がさすが、奥まで光は届かない。


 上の格子窓から、僅かに光が差し込む程度。元々は着物を商いとしていたが、時代の流れで廃業。今の爺さんは大学教授、婆さんは着付け教室とお花の講師。プロのスタイリストが教えに請いに訪れると言うから、人は見かけによらない。そんな仕事道具を汚さないことを条件に、藏の探索を許された。


 ――には前科があるからね。

 婆ちゃんに釘を刺された。


 商売道具の着物を、マント代わりにヒーローごっこ。総額100万越えのマントとは豪勢で――そこはしっかりと記憶があるから、困ったものだ。

 懐中電灯で奥を照らす。


 ――雅は、あの年のことを思い出したくないと思ったからね。

 婆ちゃんの言う通りかもしれない。多分、俺は避けていた。


 ――あ、藏のなかは気をつけなさいよ。倉ぼっこ様にお会いしたら、失礼のないようにね。


(……へ?)


 検索してみれば、藏の守り神らしい。懐中電灯を照らす。この現代社会で、妖怪と言うとちょっとファンタスティックだって思ってしまう。倉ぼっこがいなくなると、家運が傾くらしい。とはいえ、守り神。その妖怪のしでかすことと言えば、突然音を鳴らすことがあるぐらいの――。





 ガタガタガタンっ――!

 突然、そんな音が後ろから響くから、思わず息を飲む。




「――ひぃっ?!」

「まーちゃん、本当に怖がりだね?」


 木箱の向こう――木箱を揺らしていた青葉が、悪い笑顔を俺に向けていた。






■■■




「もう、そんなに怒らなくても良いじゃん」

「うるせぇよ!」


 むすっとしてみせる。実は、そんなに怒っていない。期せずして、また日記通りに過ごしている。紅葉じゃないのは残念だが、青と過ごす時間に――妙に懐かしさを感じているのは事実で。


「……紅葉はどうしたんだよ?」

「ふぅん、私がいるのに、やっぱりお姉ちゃんなんだ。昨日だって、ずっとお姉ちゃんばっかり見ていたもんね」


 ゲシゲシ。相変わらず、青は俺の脛を蹴ってくる。それ地味に痛いんだから、本当に止めて欲しい。まーちゃん、涙目だから。


「それ、誤解だって。俺、青のことも見て――」

「……」


 何言っているんだ、俺。そして、さらにゲシゲシと蹴ってくるな。


「えっち」


 容赦なく、胸にクル言葉を突き刺してきやがる。その一言で、純情な男子は死ねるんだからな。


「どうせ、私は……お姉ちゃんほど大きくないし」


 また面倒くさい方向に拗ねる青だった。


「いや……成長したな、って。正直、ドキドキした」


 何を言っているの俺? 落ち着け、理性はちゃんと仕事しろって。目を覚ませ――いや、さっきから脛を蹴られているから、ある意味じゃ常に冷静で――むしろ痛くて、半泣きの俺に気付いて?!


「本当にえっち。おバカ、バカまーちゃん、バカバカバカバカ」

「どうせバカだよ、気の利いたこと一つ言えなくて、本当にごめんって」

「……怒ってない。だって、やっぱりまーちゃんだって、むしろ安心したから」


 青がシャツの裾を掴む。

 この夏、何度もそうやって引っ張られて。もっと言えば、5年前――それよりも前から、青は俺の裾を引っ張って、一生懸命、を追いかけてきた。いつだって――今だって――。


「お姉ちゃんはね、部活なの。文化祭で、演舞するからその練習だって」

「えんぶ?」


 俺は目をパチクリさせる。


「あぁ……そうか、まーちゃんは、ソコからだよね。お姉ちゃん、薙刀部に所属しているの。次は全国、いけるかもって」

「そんなに……」


 そう言いながら、納得する。今の紅葉もみならよく似合うと思う。


(……今の? 俺は何を言って――?)


 なにか、俺は大事なことを忘れている気がする。

 本当に大事なことを……?

 思考を巡らせれば、頭が痛い。


「音無さんってすごい人がいてね。お姉ちゃんの目標なんだって――」


 青の言葉が、上手く頭に入ってこない。

 でも、近くに青がいる。裾を引っ張りながら倉の中を探検して。俺は、この光景をよく知っている気がするのだ。


「まーちゃんは何を探してるの?」

「え? あ、いや。5年の時の写真とかないかなぁって。そうしたらもっと思い出せそうな気がしたからさ」

「そう……」


 すっ。

 何かが通り過ぎた気がした。


 かたん。

 余所見をしたのがいけなかった。俺の肩が、重ねてあった木箱にぶつかって――。


「青!」


 音にならない音。声にならない声がまざりあって、木箱が崩れた。連鎖し雪崩がおきる。


 俺は青を守りたい一心で、彼女を抱きしめる。俺の背中に木箱が転がり落ちて――マジか?と心の垢で悪態をつく。 一瞬、息が止まるかと思った。


「まーちゃんっ!」


 青が藻掻くが、抑えるようにぎゅっと抱きしめた。

 そういえば、これによく似たことがあった。

 いやでもあれは倉じゃなくて……カビ臭くて、土臭くて――。


 埃が舞う。

 青を見る。


 ほぼゼロ距離、俺が押し倒すようもつれあうが、羞恥より先に俺を満たしたのは安堵だった。


「……バカ」


 青は本当に素直じゃない。


「うん、無事で良かった」

「本当にバカ……でも、ありがとう」


 ぐっと、俺が引き寄せられて――青に抱きしめられた。安堵して、気が抜けたのは青も一緒だったらしい。


 ひらり。

 何かが、舞った。


 俺と青のすぐ脇に落ちる。

 煤けた和紙に、この村のことが書かれた地図。

 夏休み日記の一文を思い出す。



8/16「蔵の探検。宝の地図、みーつけたっ」




(これって……?)


 ぱらり。

 もう1枚、何かが落ちてきた。


 それが、青の肩へと落ちる。

 青の視線は、地図よりもその写真に釘付けになる。どことなく、怯えたような、そんな表情を浮かべて。




 その写真には、三人の子供クソガキが写っていた。

 一人は、俺。


 そして、俺と同じくらいの背の――ショートカットの女の子。


 そして、一番距離が近い、麦わら帽子を被った長髪ロングヘアの子は、俺より少し低くて。記憶に――今も、瞼の裏側に灼きついている子が、ソコにいた。





「……青?」

「思い出すの遅いよ、まーちゃん」


 青が俺を引き寄せる。

 誰よりも近い。


 この感触、懐かしいと思うより早く――俺は、全力で青に抱きしめられていた。







________________


倉ぼっこは、岩手県遠野地方にまつわる妖怪です。


オカルトタウン

子供の姿をした妖怪19選!【座敷わらし・一つ目小僧など】

https://uidhibiasudhiu.com/kodomo-yokai-zashikiwarashi-hitotsumekozo/

こちらのサイトを参考にしました。

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