8/14「お墓参りでかくれんぼしたら怒られた。のっぺらぼうに」
「あのね……。知っていると思うけど、お父さんがぎっくり腰になっちゃって。お墓の掃除を手伝って欲しいんだけど。マサ君、ダメ?」
紅葉が健気にお願いをしてきたら、注意しろ。
最重要備忘録として。今年の日記に迷わずそう書き込んだ。
■■■
両手に花、という言葉がある。梅と桜を両手に持ったようの意で、二つの美しいものやよいものを同時に手に入れることのたとえ。また、一人の男性が二人の女性を連れていることのたとえ――ただ、先祖代々の墓を目にして、これ程似つかわしい言葉もないように思う。
おじさんは昨日の祭りで頑張りすぎたのか。もしくは寄る年波か。矢倉の解体の際、変な姿勢をとってしまったようで。
「マサ君も聞いたでしょ? お父さんの断末魔の叫び――」
「殺すなよ」
紅葉のおでこにチョップ。あやうく、ひなびた山村での猟奇的殺人事件に発展するところだった。犯人は、佐竹紅葉。おじさんに食べられたプリンの恨みから――。
「私、そこまで食いしん坊じゃないからね!」
チョップというか、それ手刀じゃない? マジで痛いんだけど。
「お望み通り、マサ君を第二被害者にしてあげる」
「なんでだよ?!」
鎌は人に向けるなって学校で習わなかったの?!
「……まーちゃんのバカ」
「って、痛ぇっ?!」
なんで、青まで便乗してくるのさ?
「雅春、口と一緒に手を動かす」
むすっとしたまま、青葉は鎌で無造作に雑草を刈る。
――佐竹家先祖代々の墓。
ぎっくり腰をやったおじさんの代役として、かり出された俺だった。朝から元気な蝉の声が、さらに暑苦しさを増す。なぜ俺は折角の夏休みに、よその家の墓掃除をしているんだろう。
『お礼はさせていただくので……マサ君に助けてもらえたら……(チラッ)』
「それなら昨日の奴らを誘えば一発OKなんじゃ。特に、昨日の男子だったら、すぐに手伝ってくれたと思うけど?」
「……それ、
嫌そうというよりは、嫌悪感いっぱいの感情をその顔に色塗って。
「あり得ないんですけど?」
「いや、あの紅葉さん……?」
「何を勘違いしているのか知らないけれど、いきなり私の手を握ってきてさ」
「……嫌だったんだ?」
「好きでもない人に彼氏ムーブされてOKっていう人の顔を見てみたいよ」
「……いや、紅葉……それ俺に対してやるじゃん……」
「何か、問題でも?」
「何もないです」
ここは青の言う通り、草刈りに集中しよう。それが――良、い?
見れば、青に鎌を向けられていた。
「お姉ちゃんばかり、見過ぎ。集中してやって」
「はい……」
俺、どうしたら良いの?
「だいたい、マサ君もマサ君だよ。私の出番が終わったら、迎えに来てくれたら良いのに。全然、来てくれないんだもん」
紅葉のグチは続く。
「盆踊りで、意中の人と踊ったら結ばれるって伝説があるから、みんな必死なの。砂澤先輩、ずっとお姉ちゃん緒こと意識してたもんね」
「相思相愛じゃなきゃ、拷問以外の何ものでもないって」
「……そっか。そういうことね。そりゃ必死になるわな」
どこの地方でもありそうな、おまじない。それがこっちでは、盆踊りだったと。なんかそういうの良いな――とまで思って、首を傾げる。
「それなら、青。そういうヤツと踊った方が良かったんじゃないか?」
「……マサ君、青葉のこと〝青〟ってまた呼ぶことにしたの? 私は昔のように呼んでくれないのに?」
「雅春、作業に集中して」
あの? 二人とも、人を殺せそうな目になってますけど? 二人で鎌を俺に向けない。落ち着け、落ち着いて。ココは話題を変えるに限る。
「……あ、あのさ。5年生の時の夏休みの日記帳にさ、墓参りの時にのっぺら坊……と書いてあってさ。流石に荒唐無稽というか。書くなら、もうちょっとマシなこと書けよ、って思うんだけどさ。二人は、何か心当たりあ――」
さわさわ、生暖かい風が頬を撫でる。
あれほどやかましかった蝉の声が、ピタリと止んだ。
逆光で、二人の顔がよく見えない。
また、風が撫でる。
二人の髪が揺れて――。
突然、強い風が吹き荒れて。
雲の流れが速い。
まるで、動画を4倍速で早送りしたかのようで。
感覚が狂う。
「マサ君?」
「まーちゃん?」
二人の声が重なった刹那――。
「うぁぁぁぁぁっっっ?!」
思わず、俺は絶叫をあげてしまった。
(だって……)
二人の顔が青白く――つるんとしていて。
目も鼻も口もないのだ。
俺のことを冷たく見下ろす視線を感じて――プツンと、そこで俺の意識は途絶えた。
■■■
「……懐かしいでしょ? 5年生の時、こうやってよくイタズラしていたよね」
「今回は私も便乗したんだ。だいたい、まーちゃんは見境なくデレデレし過ぎだから。男の子がそういうモノだって理解はするけれど、まーちゃんのそういう姿は見たくなかった……って、お姉ちゃん? まーちゃん、意識飛んでる?!」
「え? うそ? マサ君? ちょっと、ココで寝ないで! 熱中症なっちゃうから!」
「まーちゃん?!」
「マサ君?!」
遠くで、そんな声が響いた気がした。
■■■
「……んっ」
ズキズキ、頭頂部が痛む。それとともに、頭の下に柔らかい感触を感じる。
「マサ君!」
「まーちゃん!」
うっすら目を開ければ、紅葉の顔が近い。俺はゆっくり起き上がろうとして――乱暴に引っ張られた。
「ぐぇっ?!」
「今度は、私の番でしょ」
むすっとした表情は崩さず、俺は青に膝枕をされていた。
えっと? 意味が分からないんだけど、なんで俺、膝枕されているの?
「起きたばかりで、乱暴にしちゃ駄目だよ!」
「別に乱暴にしてないし。お姉ちゃんが驚かせたのが悪いんだ……もんっ」
「青葉だって、一緒にやったじゃん」
「言い出しっぺはお姉ちゃんでしょ」
「美容用パックをのっぺらぼうと勘違いするあたり、マサ君、本当にお化けが苦手だよね。そういう所、本当に変わってないのは、安心材料だけどね」
「うるせぇし」
ふてくされた俺は寝返りをうって、枕に顔を埋める。女の子に驚かされただけならまだしも、限界値を越えて気絶したなんて、目も当てられない。俺は、深呼吸して平静になろうと――。
「やっ、まーちゃん。そ、そういうのだめっ、お姉ちゃんもいるんから、ダメ……本当にダメだって――」
突然、青が焦った……というよりは聞いたこともないような甘い声をあげる。
(……へ?)
ようやく、冷静になる。
俺、今って青に膝枕されていたよね? そう思った瞬間だった。
「まーちゃんのえっち!」
「マサ君の変態っ!」
「痛ってぇぇぇぇぇっっ!?」
青には耳朶を抓られ。紅葉には、頬を。思いっきり叩かれたのだった。
■■■
「夏休み日記ね」
俺の日記を広げながら、紅葉は歩く。
「それにしても字、汚いなぁ」
「うるせぇよ!」
今、言いたいことはそこじゃない。人が意を決して告白したというのに、紅葉は相変わらず
青も覗きこみ、それから不安気に俺を見た。
「……やっぱり記憶が、ないの? あの時から?」
青の瞳が感情で揺れる。
一方、俺はようやく自分の状況を告白できた。身勝手だと自分でも思うけれど、後ろめたい感情が、ようやく溶けた気がする。
「全部、記憶がないってワケじゃないんだ」
コツンコツン。俺たちの足音が響く。
「……ただ、断片的に。欠けている場所があって。それが思い出せないってだけで。紅葉と青のことは、ちゃんと憶えているから」
多分、あの夏をほぼ一緒に過ごしていたのは、紅葉だったんだと思う。今も瞳を閉じれば、ワンピースに麦わら帽子を被った、
「……そう、なんだ」
青は切なそうに、空を見上げた。燦々と輝く太陽すら、薄ら寒いと感じてしまうのは、どうしてか。
「だから、よそよそしかったんだね」
青が小さく息をつく。
口には出さないが、それだけじゃないと。5年という歳月はやっぱり長くて。それぞれの友人関係は人を変えるのに十分だ。田舎の住人から見て、やっぱり俺は異物なんだとつくづく痛感する。それは紅葉の友人達を見れば、イヤでも分かってしまう。
「まぁ、良いんじゃないかな」
あっけらかんと微笑んだのは、紅葉だった。
「……は?」
「え? お姉ちゃ――」
「だって、私から見たら、マサ君はマサ君だよ。背がのびたなぁって思うし。格好良くなったって思うけどね」
クスッと俺を見て、紅葉は微笑む。
「でもね、やっぱりマサ君だって思うの」
「お、お前、何を言って……」
「本当だよ」
嬉しそうに紅葉は唇を綻ばす。
「だから、思い出すのも大事だけど。私は、新しい想い出を作る方を最優先事項にしたいかな」
「……私は」
ボソリと青が呟く。ぐっと俺の腕を掴んで。
「やっぱり、思い出して欲しい。なかったことになんか、したくないから」
ぎゅっと、握りこぶしを固める。クスッと紅葉は微笑んで、青葉の髪を撫でた。
「マサ君、欲張りだから。どっちも叶えてくれるよ」
「いや、それこそ何を言って――」
勝手に話を進めるな、と渋い顔をして見せる――その
コツンコツン、と。
そんな音が響いた。
「ありゃ、誰かと思えば。いつぞやのクソボウズどもじゃないか。もう、いい加減、墓場で鬼ごっこする年齢でもないか。ふーん……墓掃除とは殊勝なことよ。よかよか、ご先祖はしっかりと敬えよ」
腰の丸まった婆さんだった。
この暑いのに、頭巾を被って、その
婆さんは俺達を見て、カラカラと笑う。
「……誰?」
紅葉が目をパチクリさせているが、俺はそれどころじゃなかった。記憶のなか埋もれていた
ぐいっ。
青が俺の手を引く。
老婆が、口を開いた。
それから――。
「想いにはしっかり応えよ、少年。知らぬ振りほど、卑怯なこともあるまいて」
振り向く。
もう、そこには誰もいなくて。
一迅、風が凪ぐ。
「あ……」
俺の見間違いじゃなければ――。
あの婆さんの顔はツルンとしていて。
表情はまるで確認できなかったのに。
俺には――満面の笑みを浮かべているように見えたんだ。
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4年1組 佐竹青葉
8/14(水)☀
まーちゃんと、変なお婆さんに会いました。顔がつるっとして、目も鼻も口もないお婆さんでした。お墓で鬼ごっこをしたのがいけなかったと思います。お婆さんに怒られました。お婆さんは言いました。
良い子にしてたら「あんたの願いを叶えてあげるよ。お嫁さんにだってなれるし、童に帰って欲しくないのなら、大雨だって降らしてあげようじゃないか」
だから私は良い子になろうと。夏休みの宿題を頑張ることにしました。今日は眠いので明日から頑張ります。
【担任の先生より、一言】
お婆さんをのっぺら坊のように言ってはいけません。でも、宿題をがんばる気持ちは偉いですね。学校が始まった時に全部終わっていたら偉かったのえすが……まぁ仕方ないかなって思います。
大変、よくがんばりました。ところで、まーちゃんっていったい誰?
先生、そっちの方が気になっちゃうなぁ。
________________
※両手に花の意味については、コトバンクより引用しました。
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%A1%E6%89%8B%E3%81%AB%E8%8A%B1-659443
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